ブレンダン・バレット
ロイヤルメルボルン工科大学ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。
アメリカのオバマ政権が、自動車の燃料効率向上に努めている昨今の動きは、しかるべき重要な施策である。そこで、さらなる前進を目指してみてはどうだろうか?
「欲張って調子に乗るのはよくない」、と反対する人たちがほとんどかもしれないが、中には「いい考えだ!どこまで出来るかやってみよう」、と思う人たちもいるかもしれない。
そんな前向きな姿勢がみられるチューリッヒのスイス連邦工科大学(ETH)の生徒と教授陣が、PAC-Car IIとして知られる世界一燃料効率に優れた自動車を開発した。
我々Our World 2.0のスタッフがこの自動車について知ったのは、2月に東京で開催された第5回国際水素・燃料電池展(2010年に再び開催予定)だった。500人の出展者と、6万3千人の参加者で込み合う会場で、我々は何とかPAC-Car IIのブースに辿り着くことができた。
「燃料効率で世界一の記録」の巨大ポスターに興味をそそられた私たちは、この車がガソリン1L相当の水素で5,385KMを走破したことを知った。これは2005年のシェル・エコマラソンで達成された記録で、ギネスブックの認定も受けている。
あれから4年経った今もこの記録は破られていない。
そこで我々はこの車の開発の背景について調べてみた。ETHの生徒と教授陣がエコマラソンについて知ったのは2002年のことだった。エコマラソンとは、世界中の学生たちが自作自動車を設計し、組み立てて、車両試験し、どれだけ少ない燃料で走行できるかを競うレースである。
ETHチームはこのイベントに参加することが、自分たちの腕試しになると考え、さらには「エコマラソン開催以来、史上初の水素自動車を紹介する」という大きな目標を立てた。安全でコンパクト、また高効率でクリーンな自動車開発が可能になったことから、最新技術が十分に成熟したことを示したかったのである。
ポール・シェーラー研究所と共同で開発した「パワーパック」と呼ばれる燃料電池システムを用いて、2003年に参加したエコマラソンではPAC-Car Iがガソリン1Lで1,701Kmを走行した。
また、2005年春のエコマラソン開催前には、車の設計を刷新して2倍の距離を走行できるように工夫した。
プロジェクトディレクターのリノ・グッツェッラ教授は、両タイプのPAC-Carの開発を通じて、「燃費の限界を深く調査した」と述べ、「このプロジェクトから生まれたいくつかのアイデアは、今後、実際に導入されるだろう」と確信している。
それを実現させるため、グッツェッラ教授のチームは車の設計や組み立て方法などについて339項からなる本をまとめた。
その後、我々はグッツェッラ教授に電子メールで連絡をとり、いくつか質問をした。燃料電池技術が成熟していることはPAC-Car II の開発からも明らかだが、今後、社会が化石燃料から水素へと大きな移行を成し遂げられるかどうか、また移行スピードを高める方法について、教授の意見を伺った。
「大きな課題のひとつに、水素生産の問題がある。今までのところ、どのような方法を用いてもコストがかかり効率が悪いことから、水素生産は難しいのが現状」、との答えが返ってきた。
「次なる課題は、低コスト、高効率の水素生産である。システムにかかるコストと信頼性も課題だが、こちらの方は改善しているのが明らかだ。」
PAC-Car IIの重要な点は「知識の共有化」で、先に紹介した本の出版は効果が期待される。しかし、果たしてこのプロジェクトが商業ベースに乗るかどうかは不明である。
「PAC-Car IIと普通自動車の走行距離の差は大きく、その差を縮めるには時間がかかるだろう」、とグッツェッラ教授は語る。
「しかし、このプロジェクトの最大の成果は、プロジェクトに関わった多くの(何10人もの)生徒たちが、水素自動車の設計・組み立て方法を学んだことにある。 彼らは現在、自動車産業に従事し、同様の課題に取り組んでいる。」
グッツェッラ教授のチームはプロジェクトの成功に満足することなく、これを基にしてさらに躍進したいと考えている。
「うちの学部に入学する生徒数は、過去5年間で増加し続けている。それは、PAC-Car IIやETHの仲間たちのプロジェクトのおかげ」、とグッツェッラ教授は語った。
「これらのプロジェクトを通じて、我々の研究成果を紹介することができ、また若い高校生たちの知識と技術への探求心をかきたてた。そして彼らは、より持続可能なエネルギー供給に向けた研究に取り組む道を選んだのだ。」
グッツェッラ教授の研究チームが、この経験から学んだある重要な教えがある。それは、「人々を動かし、ひらめきを与える」技術改革の力だ。「もっとも大事なことは、プロジェクトをやっている間、楽しかったことだ」、と教授は振り返った。
その他にも、重要な教えがあった。革新的な研究者たちが先陣を切って開発した最新技術に、公共投資が行われている点である。このプロジェクトにスイス連邦エネルギー省が提供した経済支援は、政府が前向きに考え、税金を有効に使えば、社会にとってプラスになることの証である。
ETHチームの素晴らしい研究はここで終わらず、常に新しい課題に挑戦している。ハイブリッド車のコスト削減のため、バッテリーを使わず、圧縮空気でエネルギーを蓄積する技術の開発などは、すばらしいアイデアだと思うがどうだろうか。
このアイデアは単なる机上のものではなく、グッツェッラ教授と研究室の生徒たちは、すでにこのプロジェクトに取り組んでいる。
自動車会社や政府は、彼らの研究に注目すべきだろう。次世代に躍進したいと願うほどに、その到来は速いのだ。
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