新たな文明へのカギ「R水素」

世界中には多様な地形があり、地域ごとに 無尽蔵の自然エネルギーの選択肢がある。ある地域では太陽熱がたっぷり得られ、またある地域は風力、水力、地熱といった具合だ。

ただし 無尽蔵の自然エネルギーは天候の変化に左右され、常に一定量のエネルギーを供給できるとは限らない。 厚い雲が太陽を覆ってしまえば、太陽光発電は滞ってしまう。無尽蔵の自然エネルギーを使いこなすためには、生産した電気を貯蔵しておく技術が必要になるのだ。

そこで水素(H2)の出番だ。無尽蔵の自然エネルギーを水素で補完するR水素システムは、未来の技術ではなく、実際オーストラリアのブリスベンで実用化が進められている画期的技術だ。

R水素の基礎

水素と酸素の化学反応で電気と熱をつくる燃料電池技術は1839年にまで遡り、1874年にはジュール・ヴェルヌが『神秘の島』の中で「水は将来の石炭となるであろう」と書いている。1960年代からはNASAがミッションやその他活動に水素を使用している。

アメリカの生化学研究者パトリック・ケンジ・タカハシ氏が「シンプルなソリューション」と呼んでいるとおり、水素は元素周期表の中では最も単純な構造をしており、宇宙で最も豊富な元素である。ただ水素のほとんどは化合物として存在するため、エネルギーとして利用するには炭化水素(メタンガスCH4など)や水(H2O)から分離しなければならない。R水素は、水素そのもの同様非常に単純である。利用するにはいくつかの段階を経るだけでよい。

1. 太陽熱、風力、地熱などから電力を生産すると、発電所と送電網でつながった家庭や工場などの需要家が同時に消費する。その際電力の供給量が需要より多ければ、この剰余分の電力で水(H2O)を電気分解し、水素(H)と酸素(O)に分離する。このプロセスは、発電した場所でも、家庭や工場といった需要のある場所ででも可能。

2.分離した水素を将来の使用のため加圧タンクに貯蔵する。

3.貯蔵した水素を燃料電池に送り、酸素と再結合させて、家庭の電力、自動車の動力として使用する。このプロセスの副産物である熱と水は、暖房や飲料水として利用できる。また、燃料電池を通さず、水素をガソリンに代わる燃料として利用することもできる。

Hydro-RH2illustration

水素の長所は、余剰電力を貯蔵することで無尽蔵の自然エネルギーの利用効率を高められるという点だ。また、水素は蓄電池と比べて利点が多い。水素タンクは蓄電池と比較して寿命が長く、国家間の資源の奪い合いや自然破壊の原因になる希少金属は全く使われない。

オーストラリアからのクリアーなメッセージ

オーストラリア、ブリスベンにあるグリフィス大学ネイサンキャンパスに建設予定のランドマーク的建造物サー・サミュエル・グリフィスセンターが選択するのは 太陽光と水で動くR水素システムである。2011年中旬に建設が始まり2013年に完成予定のこの建物は、送電線を利用せず自家発電によって電力を100%自給できるよう設計されている。世界初の太陽光由来のR水素教育研究棟となる予定で、持続可能性へのメッセージがクリアーに発信される場である。

サー・サミュエル・グリフィス・ビル 写真提供:グリフィス大学

サー・サミュエル・グリフィス・ビル 写真提供:グリフィス大学

「水素は潜在的に無限です」とグリフィス大学副学長(研究担当)ネッド・パンクハースト教授は話す。

6階建ての施設は30%がリサイクル鉄鋼、ゴム、木材、破砕解体コンクリートなどのリサイクル素材から作られる予定だ。また太陽光由来水素製造と、敷地内の排水リサイクル、高度な水の採取、屋上緑化、自然換気などのエネルギー管理システムも備えている。

このビルはコックス・レイナーの建築家によって、屋根の太陽電池と窓の 薄膜型太陽電池 が多くの太陽光を採取しエネルギーを得られるよう設計されている。生成された太陽光由来の電力のほとんどは(85%)日中に使用され、残りの15%は電気分解してR水素を生成するために使用される(上記ステップ2の過程)。貯蔵したR水素は必要に応じ燃料電池に送られ、太陽が出ていない場合の発電用に使用される。

サー・サミュエル・グリフィスセンターの主な特徴はその可視性だ。ガラスの外装と内装によりたっぷり太陽光が採り込まれ、水素貯蔵技術が見えるようになっている。ブリスベン市議会との提携、一般市民への開放、温室効果ガス削減に関する奉仕活動により、学生や一般市民も持続可能な開発活動に関わり、理解を深めることができる。

 

サー・サミュエル・グリフィス・ビル 写真提供:グリフィス大学

サー・サミュエル・グリフィス・ビル 写真提供:グリフィス大学

オープンな「 エネルギーコモンズ」

最先端の 実践 を可能にしたのは政府の財政支援と様々な組織による貢献だった。オーストラリアドル3300万ドルの総費用のうちオーストラリア連邦政府の教育と投資ファンドの一部であるサステナビリティラウンドが2100万ドルを拠出する。

このプロジェクトは他にクイーンズランド州政府、主要なエンジニアリングとエネルギー関連企業、そしてグリフィス大学の研究チームなどの研究チームを含む学術組織からも資金提供を受けている。

これだけ大規模のプロジェクトとなれば関係者のそれぞれの利害に関する問題や、コストと信頼に応えるためのプレッシャーのバランスに関する問題も多々出てくるに違いない。それでも多彩な組織からの協力を集結させることこそ、 無尽蔵の自然エネルギーと水素を今日のテクノロジーへと発展させる最善の方法である。パンクハースト教授は強調する。「今やらなければ、10年後も同じ会話を繰り返すばかりになってしまいます」

化石燃料から生産されるエネルギーは気候を不安定にするものにもかかわらず、現在の経済の中核を成している。しかしこのシステムによってエンドユーザーは自然とのつながりを感じなくなってしまった。

それに比べ地産地消のエネルギーであれば地域とエネルギー網が一体となり、人々と自然との関係も深まる。サー・サミュエル・グリフィスセンターなどが関わる 無尽蔵の自然 エネルギーやR水素に共通する価値観はひとつ。「共有」である。

パンクハースト教授は言う。「人々には私たちのプロジェクトをまね、発展させてほしい、そしてそのサイクルを次々に広げてほしいと思います。開発がどんどん進み早く私たちのやり方が時代遅れと思われるようになるとよいですね」

グリフィス大学は新たなエネルギー文明を定義する「エネルギーコモンズ」の価値観としても「共有」を掲げている。クリエイターたちに、新たな価値観をもたらしたクリエイティブ・コモンズムーブメント同様、R水素は人々がテクノロジーを共有し、オープンソースの環境で想像力 創造力を発揮できる世界を呼びよせる。

監修:金子 秀一

翻訳:石原明子

Creative Commons License
Renewable hydrogen: key to a new civilization by Rina Ariizumi is licensed under a Creative Commons Attribution-NoDerivs 3.0 Unported License.

著者

国際基督教大学で経営学と開発経済学を学び、現在は水・エネルギー分野を研究中。国際NGO、R水素ネットワーク(RH2 Network)チームで水素技術に関する知識を広めるため翻訳、研究、執筆活動を行っている。