ナフィズ・モザデク・アーメド
Institute for Policy Research & Developmentナフィズ・モザデク・アーメド氏はロンドンのInstitute for Policy Research & Development所長を勤めている。最新の著作は『A User’s Guide to the Crisis of Civilization: and How to Save It』である。ブログはnafeez.blogspot.comをご覧ください。
21世紀を定義する言葉があるとすれば、「石油の終焉」だろう。しかも、石油だけではない。私たちは、今後数十年で世界中の主要なエネルギー鉱物の埋蔵分が枯渇するかもしれないという見通しに直面している。これは未来の産業文明にとっては大きな打撃である。
Association for the Study of Peak Oilが世界で最も著名な石油地質学者100名に調査を行ったところ、その大多数が世界の石油生産量は2010年から2020年の間にピークを迎えると考えていることがわかった。さらに「ピーク」は一般的なベル型カーブを描くというよりは、大きな凹みのある長い稜線を描くだろうことも判明した。
すでにピークは過ぎたかもしれないというデータもある。2004年までは世界の石油産出量は継続的に上り続けていたが、その後2008年まで水平状態となった。そして2008年7月から8月にかけて、世界の産出量は1日約100万バレルずつ減少した。
世界の石油生産量が5年以上も頭打ちとなったのは過去に例がないない。私たちはすでに、多少の変動はあっても全体的には確実に右肩下がりの長い坂道を下り始めているのかもしれない。
下降は今も続いている。BP社のStatistical Review of World Energy 2010(世界エネルギー統計2010)によると、2009年の世界の石油産出量は2008年より2.6%減少し、(1日200万バレル減少)、現在は2004年の産出量以下である。つまり下降率が加速しているのだ。
世界の石油生産量が5年以上も頭打ちとなったのは過去に例がないない。私たちはすでに、多少の変動はあっても全体的には確実に右肩下がりの長い坂道を下り始めているのかもしれない。イギリス政府の前首席科学顧問デイビッド・キング卿が「Energy Policy」で発表した研究報告では、世界の石油総埋蔵量(在来型石油資源、深海原油、非在来型石油燃料を含め)は1兆1500億~1兆3500億バレルという予想から8500-9000億バレルへと下方修正すべきであるとされており、展望はさらに暗いものかもしれない。
埋蔵量が問題となるのは、それが年間の石油の流通と生産率に直接反映されるときである。オーストラリアのピークオイルアナリスト、Matt Mushalik氏が述べているように問題は「現在の世界の石油生産の約半分(45%)は、わずか190ギガバレル(ギガバレル=10億バレル)、すなわちその他の油田の約5分の1ほどしかない油田から産出されていることだ。ここの埋蔵量は年間7%の割合で減少しており、2002年からは常に年間生産量が減少してきている」。つまり残りの油田では「世界の年間流通量の半分強」を「はるかに低い生産性」で生産していることになる。生産性が低いのは「生産量を増やすことができない」からだ。
世界の石油生産の約半分が非常に限られた油田から産出されていることが問題であり、その油田はその他油田の約5分の1ほどの大きさしかない。
ダラスの石油地質学者ジェフリー・ブラウン氏のExport Land Modelは、石油産出国がピークを迎えてから石油輸出量がゼロになるまでの期間は最大で9年と予測する。様々な専門家が、2012から2015年の間に石油供給の危機を迎え、その後は供給が激減する中、需要が増すため価格は高騰するだろうと警告している。中国やインドなどの新興成長市場での産業向上、人口増加によって、その事態はますます悪化するというのが一致した意見だ。
残念ながら、問題なのは石油だけではない。非在来型石油、石炭、天然ガス燃料もその埋め合わせを行うことはできないのだ。
エクソンモービル独自の世界石油生産予測は、2030年になっても「オイルシェール(油母を多く含む岩石)」による生産量の貢献はないことを2005年に初めて示した。同様に、スウェーデンのウパサラ大学のHydrocarbon Depletion Study Group(炭化水素枯渇研究グループ)は、2006年から2018年、その後2050年まで行われるカナダのオイルサンド産業のクラッシュ・プログラムの有効性を検証した。「非常に楽観的なシナリオで考えてもカナダのオイルサンドがピーク・オイルを防ぐことはできない」と結論付けている。また、CERES(環境に責任を持つための連合)は、生産コスト、市場の不安定性、エネルギー収支比(EROI)の低さ(在来型石油の3分の1以下)が、非在来型石油への投資の有効性を低くしていると指摘する。
当然だがメキシコ湾石油流出事故は、深海埋蔵石油の可能性についてそれまで(誤って)広まっていた楽観主義をひそませることとなった。深海埋蔵石油掘削が一時停止となったためだ。しかし、この大事故の前でもデータは深海での産出量が急激に減速する中、2011年までに深海での生産成長率が急激に減少し、水平となることが示されていた。ワシントンにあるPFCエナジーのアナリスト、ボブ・マクナイト氏は昨年フィナンシャル・タイムズで「深海からの生産はピークに近付きつつある」と述べている。新たな発見があっても、予測されているピークを遅れさせることはできず、下降線を少しなだらかにする程度にしかならないそうだ。
残念ながら、問題なのは石油だけではない。非在来型石油、石炭、天然ガス燃料もその埋め合わせを行うことはできないのだ。
天然ガス生産についても状況は似ている。価格と技術革新の相互作用によって非在来型ガス燃料をより深くからより長く掘削できるようになるかもしれない。ある楽観的な見方によれば「現在の需要」が続けば118年だそうだ。一方、世界の需要は2035年までに現在の49パーセント増加するとの予測がある。こちらも、特に中国とインドの影響である。
元トタルの地質学者Jean Laherrere氏は在来型、非在来型ガス埋蔵量と生産データに関する最も広範囲な調査を行い、世界の天然ガス生産は2025年までにピークを迎えるとしている。これはカナダの地質学者デイビッド・ヒューズ氏の、ピークガスは2027年頃だとする予測とも一致する。.
では石炭の供給はどうか。エネルギー・ウォッチ・グループ(EGW)による詳細な研究によると世界の石炭生産は2007年の生産量から30%増加する2025年がピークであると警告する。アメリカでのエネルギー源としての石炭生産は現在のレベルではあと10年から15年しか続かない。しかし、今年定期刊行物「サイエンス」が発表した研究は、現在の埋蔵石炭からの生産は2011年にはピークを迎えるとしており、今後新たな埋蔵地が見つかっても状況が好転することは「考えにくい」と予測している。
別の研究でEGWは世界の核エネルギーの原料であるウランの生産がピークを迎えるのは2030年~2035年の間だと警告した。これは国際原子力機関の2001年から2050年までのウラン生産予測に述べられた「現在知られている(ウラン)の埋蔵量は需要を下回るようになる」、「将来的な探査は困難を増すだろう」という発表と一致した見解だ。また産業界からの警告とも一致する。例えば2005年には世界最大ウラン生産企業カメコは、「世界の需要は今後10年間で、供給を4億ポンドも上回るだろう」と予測しているのだ。
他の元素(トリウム)は広く採取可能でEROIも高いだろうことから「特効薬」になりうるとされているが、その場合にしでも、ワシントンDCにあるエネルギー・環境研究所によると核分裂連鎖反応を起こすには、まずはウランによる「最初の分裂」が必要である。さらには、数十年も研究が行われているにも関わらず、インドでさえ、市場で利用可能なトリウム増殖炉燃料サイクルはいまだに発明されていない。
また別の問題点として、採鉱、輸送、精製、製粉、廃棄物処理と原子力発電所建設には大量の化石燃料を使用するということが挙げられる。確かに「International Journal of Nuclear Governance, Economy and Ecology」に掲載された詳細な研究によると、そもそも原子力は化学燃料にとって代わるには効率性が十分ではない。2010年から2050年まで毎年10.5%ずつ増産しなければならない計算になり、「持続不可能な展望」である。
問題が山積みなのは明らかである。産業文明は様々な在来型炭化水素の埋蔵量不足が集中しておこるという危機に直面しているのだ。これらの不足はどれも今から四半世紀の間に集中するであろう。
人類は産業文明の広まりとともに、ここ1世紀ほど人口も経済も技術も幾何学的に成長させてきたが、これは炭素エネルギーを際限なく利用できると信じてきたから可能だったのだ。だが際限なき成長というネオリベラリズムの教義は地球資源の限りある現実を見過ごしていた。現在私たちは、今後もこのように幾何学的成長を続ける伝統的資源は存在しないという事実に直面している。つまり今世紀の産業文明は現在の形のままでは存続不可能だということを意味する。
様々な在来型エネルギーの供給難を考えると、重要なインフラの崩壊を食い止めるために、安価な在来型石油にとってかわるエネルギーを増やすことは大変難しいと思えるかもしれない。エネルギーの枯渇、気候変動、食の不安、経済不安定、激しい紛争など重大な問題が集中して起こり、各国がこれらの危機に効果的に対応できないことが一層明白となりつつあることもあいまって、「世界同時破綻」、そして崩壊へと進むこともありうる。近視眼的に軍事的解決に転換したところで、この崩壊を食い止めるどころか、早めるだけになるだろう。
100%脱炭素で再生可能なエネルギーを使用するという「理想の世界」の経済モデルはまだ理論上のものでしかないが、現在の幾何学的成長をベースにしていてはならない。
緊急になすべきなのは、よりクリーンで、再生可能なエネルギー源への包括的な転換に向かって努力することと、現在の消費を削減し、自然の回復力を増やす最大限の努力である。この研究の他、こちらやこちらなどの、いくつもの研究が証明しているように、この転換を達成する様々な技術はすでに存在している。ただ、行き詰ってしまうのは、いかに速やかに転換を現実化するかという点においてだ。残念なことだが、少なくとも社会的、政治的、技術的な惰性が転換のプロセスを相当遅らせる。(エコロジスト、バーツラフ・スミス氏は歴史的にエネルギーの転換は数世代にわたるプロセスだと述べている) よって壊滅的な資源不足を避けるのは出来ないかもしれないが、保全やエネルギー効率を上げて化石燃料消費を大幅に減らす努力によって衝撃を和らげることはできる。
100%脱炭素で再生可能なエネルギーを使用するという「理想の世界」の経済モデルはまだ理論上のものでしかないが、現在の幾何学的成長をベースにしていてはならない。人類は自然環境と深く関わっているという大きな意識に基づいた脱炭素文明でなければならない。種の生存に必要な利己的競争ではなく、人間同士の協力の重要性に基づいたものでなければならない。つまり物質的価値観より、持続可能な反映に必要な健康、自由、教育に基づいたものでなければならないのだ。
21世紀は私たちの知る産業文明の終焉となるかもしれない。だが今より遥かに公正で持続可能で調和の取れた脱炭素文明を思い描き実現させるための、例を見ない機会でもある。
翻訳:石原明子
大いなる転換点(脱炭素社会へ) by ナフィズ・モザデク・アーメド is licensed under a Creative Commons Attribution-NoDerivs 3.0 Unported License.