気候変動とエネルギー政策は、今世紀前半の数十年間で我々が直面するもっとも難しい経済問題だ。
ノーベル平和賞を受賞した気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、最新報告の中で、地球温暖化は確実に起きており、その原因が人間活動であることほぼ間違いないと断定し、各国政府に早急な対策を講じるよう促している。
国連事務総長、EU、NGOに加え、これまで長年温暖化対策に抵抗してきたジョージ・ブッシュ米国大統領からでさえも、対策を呼び掛ける声が上がっている。
今、世界各地で迅速な対応を迫られているのだ。京都議定書の最終目標は、大気内に危険な濃度の温暖化ガスを堆積させないことにある。危険とされる二酸化炭素レベルの数値を算定するための研究が続いている。
従来、大気中の二酸化炭素が550 ppm以内なら排気安定圏内だとされてきた。しかし、このレベルでは平均約3°C、気温が上昇するとみられており、IPCCは生態系と海面上昇に重大な影響を及ぼすと指摘している。
従ってEUは、2°C以上の平均温度上昇は危険であると結論付けている。上昇率をそれ以下に抑えるためには、450 ppmのレベルで安定化させなければならないが、これは容易な目標ではない。
今年初め、国際的な石油会社であるシェルが独自のエネルギーについての予測を発表した。予測展望で世界有数の実績を誇るシェルの試算によると、2050年までに550 ppmレベルで安定せざるを得なくなるという。
最近開催された国連大学のシンポジウムで、気候科学の第一人者であるNASAのジェームス・ハンソン博士は350 ppmを目標数値とするよう訴えた。現在のレベルは380 ppm。この数値より下がる兆しはないため、一刻も早い対策が必要となる。世界気候の将来は、我々が今後5年から10年間に講じる対策にかかっている。
温暖化コストとエネルギージレンマ
次に、国際エネルギー機構(IEA)の最新予測に含まれる経済的意味合いを考えてみよう。これまでIEAは右肩上がりの成長を予測してきた。それは適正な投資とエネルギー政策により容易に実現できるものだと考えられてきた。
しかし、最新報告でIEAは警告を発し、ほとんどパニック状態に陥っている。2030年までに44兆ドルを投資し、新エネルギーの開発をしなければ、IEAが提唱する数値に届かないとしている。またそれらの投資は、インドや中国などのアジア諸国で盛んになると指摘する。
温暖化の危機が次第に差し迫る中、エネルギー需要が拡大する一方で、資源入手は非常に難しくなる。しかし、今すぐ対策を講じればそれも不可能ではない。前世界銀行、イギリス政府のチーフエコノミストであるニコラス・スターン卿の試算では、世界のGDPの約1%を温暖化対策に充てる必要がある。
これは決して少額ではない。現在開発援助に充てている費用よりはるかに多いが、問題は資金の流通にある。しかし、スターン卿の試算では、何も対策を取らずに手をこまねいていれば、地球温暖化の影響で世界GNPの20%の損失を招くことになるのだ。
炭素改革
マッキンゼーグローバル研究所の研究から明らかになったことがある。アリスター・ドイルがこの研究を論評した記事をネット上で見つけた。ドイルは、地球温暖化を抑制するためには近版「炭素改革」が必要だと説明している。それは(主に化石燃料を燃料することにより放出される)温暖化ガス1トン毎の経済生産レベルを大きく高めていくことで達成できるのだと。
このように炭素生産性を急激に高めるためには、2050年までに世界各国は1トンの二酸化炭素放出に対して、GDPの7,300ドルを拠出しなければならなくなる。現在の拠出額はGDPの僅か740ドルだ。
今後約50年で炭素生産性を10倍に高めるというのは、これまで人類が直面したことのない大きな課題だ。しかしこの研究では、人類の歴史そして経済学的な経験上、これが我々に解決可能な課題であることを示唆している。
この自信は、研究によってもたらされた朗報により裏付けられている。建物用断熱材の進歩や、より汚染の少ない石炭生産などの新技術の利用が可能になったことから、2050年までに世界の温暖化ガスを64%削減できる可能性がでてきたのだ。温暖化ガスの排出量は2008年の550億トンから、年間200億トンへと減少すると見込まれている。
この研究は費用の面から見ても、この炭素革命は実現可能だということを示している。2030年までに世界GDPの0.6%から 1.4%の拠出を想定しているが、これはスターン卿の試算と一致している。また、経済成長の妨げにならぬよう、相当量を借入で賄うよう提言している。
この炭素革命を実現可能にするためには、迅速な変化が不可欠であると研究者も認めている。しかも、産業革命よりも早いペースで。労働生産力を今までの10倍に押し上げるには、米国が1830 年から 1955年で達成した時の勢いで臨まなければならないのである。
今後について
温暖化問題が地球規模の問題であり、温暖化ガスは北半球よりも発展途上国で急増していることは明らかである。しかし、先進国は2012年から2020年の間に京都議定書で定められた数値よりも、さらに迅速に温暖化ガスの削減に取り組まねばならない。
次回コペンハーゲンで開催される温暖化会議またはその後の会議で、参加国が合意を達成するためのプロセスは貿易交渉と似通っている。複雑で、様々な従属合意を含むものとなるだろう。少なくとも大筋で合意に至らなければ、細かな内容の合意は難しいだろう。
そのためには、先進国がより思い切った削減と、マッケンゼーグローバル研究所と国際エネルギー機関の想定を元にした投資をしなければならない。脱炭素化エネルギー生産のための巨額な投資が必要だ。最終的な合意には、相当量の炭素を吸収し、また途上国に炭素隔離施設を投資するという先進国の特定コミットメントが必要になる。特に、今後も石炭を主なエネルギー資源として使い続ける中国やインドのような国々では重要だ。
2050年クールアースと呼ばれる日本政府によるイニシアチブは、新エネルギー技術やエネルギー効率における投資の促進に役立つだろう。貧しい国々が気候変動に対応できるような援助策に投資することも、今後の合意課題の一つだ。
途上国の森林を保護し、吸収源を強化していくため、先進国の拠出も不可欠だ。IPCCは、世界の温暖化ガス放出量の25%は森林伐採などの土地利用の変化が原因だと指摘している。最終的には、途上国からの歩み寄りも必要だ。
注:この記事は、2008年6月3日に国連大学で開催されたG8ダイアローグで発表された「気候変動と世界貿易:見方か敵か」に基づいている。