ヴラディミール・スマッティンは、国連大学水・環境・保健研究所(UNU-INWEH)所長。世界的・地域的な水不足と食料安全保障を中心に、幅広い水資源問題の研究者、管理者として30年の経験を有する。
「測れないものは管理できない」と以前から多くの人がよく口にするが、あらゆるレベルの水の専門家が最もよくこの状況に直面している。
残高が分からなければ銀行口座を管理できないのと同じように、水に関した信頼できるデータが十分かつ自由に入手できなければ、水の管理について情報に基づく決定を下すことは不可能だ。しかし、このようなデータの取得や他国からのデータへのアクセスは、安全保障上のリスクとみなす国もあるため常に困難であった。
例えば、降雨前後の河川の流量変動を知るためには、多くの異なる地点で長い時間をかけて測定する必要がある。
驚くべきことに、その重要性と価値が明白であるにもかかわらず、収集される河川の流量データはこの数十年の間に減少の一途をたどっている。実際、米国やカナダ、ロシア、オーストラリアの大規模観測所を含め、多くの国で数千カ所の水位観測所が1980年代、1990年代、そして2000年代にかけて閉鎖されている。
南半球の多くの開発途上国では河川流量がまだ本格的に測定されていないだけでなく、測定データの適正なアーカイブ化もほとんど取り組まれていない。地下水や帯水層(地下水を含む地層)、その他の水源からの取水や分水にいたっては、グローバルな観測データがさらに限られている。
「未測定」の河川流域(すなわち、世界のほとんどの河川流域)は通常、数理モデルを用いて水文学的シミュレーションを行ったり、水管理オプションの影響を予測したり、気候変動やその他の変動要因に基づいた将来的なシナリオを策定したりする。
グローバル・モデルは、「グローバルに考える」ことには役立っても、「ローカルに行動する」ための役には立たない。データが粗すぎるためだ。しかも、すべてのモデルは必然的に現実を単純化してしまうため、地上観測との比較が必要となる。
水に関する各種データの重要性に対する理解不足は、水関係者のコミュニティ以外でも見られる。例えば、記事の見出しを飾ったり、水データの収集に十分な資金が出ることはない。
また、「即戦力」にさえならない。自然の変動やトレンドを把握するためには30年以上、同じ地点で観測データを収集すべきであるが、このような長期にわたるモニタリングの支援は、政治生命に関わる短期的利益を得られないことが多い。加えて、すぐに対処すべき課題も増える一方だ。
よって、従来の地上観測という手法で水に関するデータの必要性を満たせる可能性はますます低くなっている。ここで、衛星技術が将来性のある解決策として出てくる。
土地の状態・利用状況や降水量を遠隔から測定したリモートセンシング・データは、河川流量や未測定河川流域を構成するその他の水要素のシミュレーションを行うための水モデルへのインプットとして、広く用いられている。しかし、現時点では河川流量をはじめとする水循環の構成要素と水の用途につき、従来型の地上観測から衛星による直接測定へという抜本的なシフトを図れるほど衛星データが役立つかどうかは検討する必要があるだろう。
周回軌道衛星技術を使って信頼できる精度の流量を測定することは現実となりつつある。すでに車のナンバープレートは宇宙から読み取れるようになっており、リモートセンシング技術の中には水や土壌の中にまで侵入できるものもある。
また、地上観測それ自体の精度が過大評価されることもある。地上観測の中には、排水量を定期的に観測するのではなく実質的に測定された水位から導くなど「モデル化」測定とほとんど変わらないものもあるためだ。
水の世界に新たな技術を大規模に導入する機は熟したのかもしれない。
衛星による直接の水観測は、はるかに多くの地点で行うことができるだけでなく、当然ながら国境も越えるため、このような新しいデータの共有に制約はなくなる。しかも、既存の従来型観測による国別水データの共有も加速される可能性がある。そうでなければ、データがすぐに陳腐化するおそれがあるからだ。
2007年、スチュアート・ハミルトンは、明白かつ発想力豊かなコメントの中で「…2000年代は、実質的水文学の最後の10年として記憶に残ることになろう。データに基づく水文学で幕を開けたこの10年は、疑似データに基づく疑似水文学で幕を閉じるだろう」と予測した。
いま振り返ってみると、この予言はかなり当たっている。我々が将来の世代に残すのは、高度なモデルや工業規模の模擬データだけであり、体系的に得られ、よく管理された新たな観測データはほとんどない。しかし、ハミルトンが「遺伝子組み換え型観測」と呼んだこれらの模擬データは、大量かつ多種に及ぶため、我々の消化能力を越えてしまっている。我々はひとつの未解決の問題(十分かつ正確な地上観測データ)から、別の問題(目的に適合するか定かでない大量のリモートセンシング測定データ)へと移っただけなのだ。
しかし、我々の水データに対するニーズがいつか満たされるという期待も膨らんでいる。2030年を達成期限とする17の持続可能な開発目標(SDGs)のうち、グローバルな水の課題に関係する目標6には、進歩を測定できる指標が盛り込まれている。こうした指標は河川流量や地下水、取水量など、国内の水資源を正確に定量化するための取り組みに加わるよう各国に義務づけている。
さらに最近では「水に関するハイレベル・パネル(国際社会における今後の水問題に関する方針を議論する枠組み)」が、SDGsの達成を阻むデータ関連の障害をすべて克服するという目的に焦点を絞った「データ・イニシアティブ」を立ち上げた。
我々には、水関連の測定を大きく改善できる手段がある。そのポテンシャルを発揮できれば、グローバル、ローカルの双方で、水という生命に欠かせない資源をはるかによく管理することもできるかもしれない。
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