エイリフ ウルシン・リード
Center for International Climate and Environmental Researchエイリフ・ウルシン・リード氏はオスロの気候環境研究センター(CICERO)の情報部門に勤務している。ライターおよびフリーランスのジャーナリストの経歴を持ち、現在Many Strong Voices(多くの揺るぎない意見)のプロジェクトに携わっている。
「気候に関する議論は一般市民を通り越して進みがちだ。その結果、島の地域社会に暮らす人々は、知らぬ間に「気候難民」と定義されてしまう可能性がある。島民の立場から見た現状を知るため、研究者グループがインド洋に向かった。」
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熱帯の小島に暮らす人々は気候変動に特に影響を受けやすい。過去10年にわたって数々の報道機関や組織は、海面上昇や天候条件の変化によって低地や小島しょ国に暮らす数百万人が移住を余儀なくされることを示すさまざまな数字を提示してきた。
インドのエネルギー資源研究所の研究員であるヒマニ・ウパジャイ氏は、このような推測に懐疑的である。
「将来的な気候難民の人数を推測する非常に多くの数字が出回っていますが、気候難民という用語の理解にしかるべき配慮がなされていません」とウパジャイ氏は語る。
彼女は、こうした推計は現地における複雑性を無視したコンピューターモデルに基づく場合が多いと説明する。
「推計の中には、気候変動の影響モデルを使って算出した結果もあります。例えば、今世紀中に予測される海面の上昇を算出し、その影響を受ける地域を特定し、同時期の人口増加モデルを使って移住しなければならない人々を推計するのです。しかし、実際には状況はそこまで単純ではないのです」とウパジャイ氏は語る。
確かに多くの人々が、より包括的で、被災者の尊厳を大切にする新しい語り口の必要性を訴えている。
ヒマニ・ウパジャイ氏は、気候環境研究センター(CICERO)の研究プロジェクト「Perceptions and Understandings of Climate Change: Lakshadweep and the Maldives(気候変動の認識と理解:ラクシャディープ諸島とモルディブ共和国)」の共同リーダーである。プロジェクトの目的は、島民が気候変動にどのように影響されていると感じているのか、将来をどう見ているのか、どうなったら移住しなければならないと考えているかを調査することである。
研究者たちはインドのラクシャディープ諸島(インド本土の西岸沖)およびモルディブ共和国の2つの島にある4つのコミュニティの住民と、各国の首都であるニューデリーとマレで政策立案者たちにインタビューを行い、住民と政策立案者では状況の認識に違いが見られるかどうか調べている。
CICEROの上級研究フェローで、プロジェクトの共同リーダーであるイラン・ケルマン氏は、なぜ気候変動に関する島民の認識を知ることが重要なのかを説明する。
「気候変動に関する研究の多くと、その結果決定される政策は、明らかにトップダウン型アプローチです。つまり、自分たちの意見を提示する機会を必ずしも与えられていない人々に代わって、行政機関、研究者、組織が決断を下したり、臆測を立てたりするのです」とケルマン氏は語る。
そして、問題についてどう感じているのかを説明するチャンスを人々が得られない場合、状況のニュアンスや複雑性が失われてしまうのだと、ヒマニ・ウパジャイ氏は警告する。
「人々は昔から、さまざまな理由で移住してきました。
「移住をより広い視点から捉えて、ある特定の状況の中で気候変動が本当に移住の原因なのかどうかを見極めなければなりません」 ヒマニ・ウパジャイ氏
特定の人々が特定の状況において移住を決断するのは、多くの異なる地域的および文化的理由によるのです」と彼女は説明する。
当然のことだが、だからといって世界的な気候変動が起こっていることを否定するわけではない。しかしその影響は場所によってさまざまであり、被災者が違えば、状況の認識や反応は異なる可能性がある。
「以前はマグロが豊富にいましたが、今では十分な漁獲量を得るためには遠くまで移動しなくてはなりません。これはすべて、サンゴが劣化したせいです」とラクシャディープの漁師が報告している。
移住する人は誰でも、それぞれの理由があって移住する。しかし彼らが自分の置かれた状況を定義する力を持っているとは限らない。マンチェスター大学で移住およびポストコロニアル研究を教えるユマ・コターリー教授は、人々の選択と決断の形と程度を方向付ける潜在的な力関係に関心を抱いている。彼女は、気候変動に関する世界的な議論に誰が影響力を及ぼし、誰が耳を傾け、誰の知識に基づいて私たちは決断を下しているのかを探究している。
コターリー教授はモルディブ共和国での調査実施に参加し、島の地域社会に暮らす人々だけでなく、政策立案者や非政府組織(NGO)スタッフにもインタビューを行っている。今後彼女が取り組む課題の1つは、異なるグループの人は「気候変動」という言葉について、どのように異なる解釈や理解をしているのか、またそれが人口移動にどのような影響をもたらす可能性があるのかという点だ。彼女は、専門知識がますます組織化し、専門化し、形式化するに従って、特定の人々に特権を与え、その他の人々を無視することを懸念している。
「あなたが何を知っているのかは必ずしも重要ではなく、あなたが何者なのかが重要なのです」とコターリー教授は語る。
「実際、気候変動に関する多くの対話で使われる科学的言語を話せないと、しばしばそういった議論から取り残されることになります」 ユマ・コターリー教授
従って、いわゆる「専門家」は必ずしも、ある特定の問題に関する幅広い知識の持ち主のことではない。ある人物の派遣元、立場、地位、特定の言葉を使う能力によって、専門家だと見なされるのだ。
「実際のところ、あなたが気候変動に関する多くの対話で使われる科学的言語を話せない場合、しばしばそういった議論から取り残され、その結果、最も気候変動の影響を受ける人々の利益に必ずしも沿わない決断が下される可能性があります」とコターリー教授は語る。
あなたが議論から取り残され、あなたの意見が届かなくなると、他の人々があなたの代わりに臆測を立て始める。すると、あなたは知らぬ間に「気候難民」として分類されてしまうかもしれないのだ。
ある問題がどのように認識され、解釈されているかによって、問題への対処方法や、決定と介入が正当化されるかどうかが決まる。モルディブの国内政策がその代表例である。
「モルディブ政府は将来の気候変動に対するレジリエンスを高めるために、国民を幾つかの大きな島に統合する政策を促進しているのかもしれません。その一方で、国民を統合すれば、多くの島々にサービスを提供する費用が削減できるのです」とコターリー教授は説明する。
つまり問題は、移住した国民はそもそも、気候変動によって立ち退かされたと見るべきなのか、あるいは経済的および実用的理由から移住させられたと見るべきなのかということだ。さらに、国民の立ち退きを国内だけでなく国際的に、どう解釈すべきかを決めるのは誰なのか?
このような疑問に答えるためにプロジェクトは、人々が気候変動と移住についてどう考えているのか、また気候変動と移住の関係はどう認識されているのかを明らかにしようとしている。調査は遠隔地の農村部だけではなく、政策決定者たちのエアコンの効いたオフィスでも行われている。
コンピューター画面と衛星写真から、特定の礁湖や漁礁に主眼を移してみると、新しい優先事項や視点が表れることがよくある。そのような視点によって、「気候難民」の物語はより複雑で難しくなるかもしれないが、真実を失うわけではない。
翻訳:髙﨑文子
島民を理解する:状況の中で気候難民を捉える by エイリフ ウルシン・リード is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.