今週ローマで開催される世界食糧安全保障サミットを目前に控えた2009年11月13日、国際連合食糧農業機関(FAO)のジャック・ディウフ事務局長は、24時間におよぶ公開ハンガーストライキを開始した。
7月にイタリア・ラクイラで開かれたG8サミットにおいて、G8加盟国が、貧困国の農業従事者を支援するため200億USドルの拠出を約束したことを受け、ディウフ事務局長は飢餓撲滅にむけた行動を呼びかけている。9月には、ヒラリー・クリントン米国国務長官が、US Global Hunger and Food Security Initiative(米国による世界的な飢餓および食糧安全保障推進プログラム)を発表した。
世界の食糧はもう底をつきかけている、と考える人がいたとしても無理はない。だが実態は少し違う。2050年までに食糧需要は70%増加すると予測されている。しかし、この需要を満たすために必要とされる10億トン分の穀物の追加生産を、気候変動、深刻化する水不足、エネルギー資源の確保をめぐる土地の争奪戦などが妨げているのである。さらに、2002年~2004年の平均値に比べると、現在、世界の食糧価格は58%も上昇しており、今後10年間でさらなる上昇が予測される。
市場が介入する現在の食糧安全保障システムを修正し、政治的にはより安定しているが、経済的には高コストな国の食糧自給システムに代わる、信頼性の高い手段を提供するためには、より大規模な公共的行動が必要とされるであろう。これを実現するには、世界の食糧市場の信頼性を高め、農業への公共投資を増やして効率を向上し、より効果的な社会セーフティーネットを政府が構築する必要がある。しかし、これらすべての取り組みが成功したとしても、米国や欧州連合のアグロ燃料政策によって食糧と燃料価格の相互関連性が維持され続ける限り、十分な結果をもたらすことはできないであろう。
サミットの宣言草案は、これらの問題を解決するための基本合意を再確認するものであり、政府主導の計画立案や、国際的・地域的な協調行動の必要性を重視することなどが含まれている。しかし、食糧市場の信頼回復、農業への最適な投資手段、貧困国における確実なセーフティーネットの構築、気候変動の中でいかにして食糧需要と燃料安全保障のバランスを取っていくかなど、いまだ多くの困難な政治課題が残っている。
市場が介入する食糧安全保障の信頼を回復する
2007年秋の国際的な食糧価格急騰を目の当たりにしたインドやベトナムなどの食料輸出国は、食糧輸出を規制することで自国の市場を保護した。世界的食糧不足(とりわけ米)という見方が定着し、フィリピンなどの食料輸入大国が値段を問わず米を購入するようになり、これがさらなる食糧価格高騰を引き起こした。
その結果、世界市場は、頼れる食糧供給源としての信頼を失い、食糧の自給自足を目指す取り組みが再び政府の重要課題となった。一方、裕福だが土地や水資源に乏しい食料輸入国(アラブ諸国や中国など)は、食糧自給率を上げるために、広大な土地を有するアフリカおよび東南アジア諸国(例:スーダン、カンボジアなど)に主要農作物の生産を委託している。土地収奪とも呼ばれるこのような借地協定が、協定を結ぶ両国の食糧安全保障を強化できるかどうかは、土地の取得、利益分配、そして生産方法(小規模農業または大規模農業)に関する透明性に大きく懸かっている。
しかし、穀物の自給自足の実現が、穀物生産で比較優位を持たない国々に提示しているのは、コストが高くより実現不可能な代替案である。そしてこれは、国内が不作の際に市場を安定させるための大規模な緩衝在庫の確保と組み合わせて行わなければならない。
気候変動は、地域における穀物価格を上昇させ、多くの貧困層を生み、国の総合的な競争力を弱めるばかりではなく、国内生産高の乱高下を招き、政府はかつてない規模の緩衝在庫を抱えざるを得なくなる。
そうは言っても、より市場を重視した世界の食糧構造は、信頼性が高く安定した食糧市場を求めている。しかし、とりわけ世界的な食糧不足への不安が高まった場合には、このような市場の実現は至難の業である。
世界の食糧価格変動を管理し、食糧輸入国がいかなる状況においても確実に食糧にアクセスできることを目的とした様々な方策が検討されている。まず、誤った情報による穀物価格暴騰を防ぐための、より信頼性の高い穀物在庫情報が大いに役立つであろう。また、信頼を高めるには、世界貿易機関(WTO)の食糧輸出規制に関する規律を強化し、市場への確実なアクセスを望む輸出国側と、保証された食糧供給を望む輸入国側の間が、貿易体制から得る利益のバランスを改善することが求められる。
国際協調に基づいた物理的な食料備蓄システムも必要になるかもしれない。また、商品インデックスファンドの管理を強化し、過剰な金融投機を(規制もしくは国際的仮想備蓄システムの構築によって)抑制すべきかどうかについての議論も残されている。
これらすべての行動によって、世界市場に信頼を取り戻し、政治的に受け入れやすく、経済的にも効率の良い、国内穀物生産と世界市場依存のバランスを促進することができるかもしれない。
持続可能な未来のために、責任の種を今日まかなければならない
より大規模な農業への公共投資が必要であるのは疑いもないが、それ以上に重要なのは、それがどのように配分されるかである。公共財と私的財への投資バランスは特に注意を要する。公共財には、道路、市場設備、電気、情報通信技術、植物および動物の保護、土壌保全、農業の研究開発および普及(RE&D)などの地方インフラが含まれる。一方、私的財には、農業インプット(肥料や種)や農産物の推進プログラムなどがある。
農業インプットへの助成金はアフリカで再び人気を得ている。例えばマラウィやザンビアの政府は、国の農業予算の60%以上をインプットや農作物のマーケティング助成金に充てており、他の政府もこれに追随している。このため、市場が単独では投資できない種類の事業、また、地方の道路、灌漑、農業に関するRD&Eなど、長期間をかけて利益を回収するような事業に対する公共投資の余地はほとんど残されていない。とりわけ後者は、農業従事者が農業生産システムを気候変動に適応させていく上で、必要不可欠なものであろう。
また、国民への説明責任を向上し、公的資金が有効に使われていることを保証するのも、農業への新たな国際的コミットメントを持続する上で必要である。例えば、農業への公共支出に関する詳細な調査書を発行することによって透明性は高まる。さらに、公開講座など、農業に関する公共サービスのクオリティについて市民が成績評価をすることで、政府関係者に説明責任を課すことができるであろう。
効果的な社会セーフティーネットを構築する
市場が介入する食糧安全保障は、慢性的に食糧難を抱える国や、危機に直面して困窮している人々を支援するための、信頼できる社会セーフティーネットの存在を前提としている。2008年の食糧危機では、多くの国々がこのようなセーフティーネットを備えていないことが明らかになり、政治的には好都合だが、経済的には非効率的な、一律減税と助成金支給に逆戻りした。
しかし、世界が経験してきた様々な事例を見直すと、各地域の行政能力に応じた計画を立てれば、低所得社会であってもセーフティーネットシステムを十分に構築できることがわかる。次の危機が訪れる前に、今、行動を起こさなければならない。
欧州連合と米国によるバイオ燃料政策を見直す
FAOは、現在、OECD加盟国で生産された第一世代のアグロ燃料(ブラジルのエタノールを除く)が、今ある補助金(および関税による保護)なしでは化石燃料に対して競争力がないと指摘している。欧州連合および米国が助成金や輸入関税を撤廃することは、食糧と燃料市場の相互関連性を減少させ、アグロ燃料が経済的かつ環境的により適切な場所で集約的に生産されるために必要な、最低限の第一歩である。
FAOの世界食料農業白書2008年報告によると、木材、イネ科植物、林業および農業残留物などのリグノセルロース系原料を使用する第二世代のアグロ燃料には、より多くの期待が寄せられてきた。しかしながら、サイエンス誌に掲載された最近の研究発表は、イネ科植物栽培のための新規土地開発で排出される二酸化炭素量によって、21世紀半まではいかなる利益も相殺されてしまい、また、亜酸化窒素も有益ではないであろうと警告している。
今日の気候変動、技術発展、市場システムへの信頼低下を前にして、いかに世界の食糧構造を再構築していくかについては、明らかに多くの疑問が残されている。世界食糧サミットで公約されたように、世界の食糧安全保障が抱える課題に対して、高いレベルの政治的関心を持ち続けることが何よりも重要である。議論を促進し、事実に基づく解決策を打ち出すために、2010年、国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)は世界トップクラスの専門家を招き、最新の入手可能な事実に基づいた様々な政策オプションを評価して、新たな政策要綱を発表する予定である。
翻訳:森泉綾美