世界経済を支える生物多様性

先週発表された地球規模生物多様性概況第3版(GBO-3)には、世界の首脳たちが優先すべきことを見極めなければ、多くの人々の無関心が世界経済の大混乱を引き起こす危険があると記されている。生物多様性損失は先進経済国にさえ影響を及ぼすだろう。なぜなら、「生命や生活を支えている自然体系が崩壊する危険性がある」からだと、GBO-3は報告している。

GBO-3の前書きで潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は、「人類のこの失敗が早急に是正されなければ、私たちすべてに深刻な影響が及ぶでしょう」と述べる。

5月22日の国際生物多様性の日直前に発表された今回の研究は、2002年の生物多様性条約(CBD)で取り交わされた世界全体の生物多様性損失率を2010年までに引き下げるという公約を、いかに各国政府が果たせずにきたかについて確認している。

金融セクターや経済刺激策に多大な資金投入をしている間に、憂慮すべき生物多様性の減少を見過ごしてきたという事実を各国政府は是正しなければならないと、この研究は結論付けているのだ。

専門家によって検証された500件の科学技術論文と110件の各国政府からの報告書をもとに、CBD事務局員がまとめたGBO-3の最初の言葉は、アフメッド・ジョグラフCBD事務局長の「良いニュースではない」である。

「かつてないスピードで生物多様性が失われています。絶滅率は歴史上の率の1,000倍に至るまでになっている可能性があるのです」と、ジョグラフ氏は述べる。

確かに、地球が第6番目の絶滅危機を迎えつつあると主張する科学者は多い。但し、以前の5回は小惑星衝突などの自然事象によるものだ。

「近年起きた経済危機に見られるように、世界的な株価の損失には人々は素早く反応し広範囲のパニックを起こします。しかし、それが生物多様性の損失の場合、重大な生命の問題にもかかわらず人々の反応は薄い。差し迫った対応の必要性を無視すれば、私たちは許容できないほど大きな代償を長期に渡り支払っていくことになるのです」と、国際自然保護連合(IUCN)のビル・ジャクソン事務局次長は語る。

また、IUCN種の保存委員会のサイモン・スチュアート議長はこう述べている。「今や地球上のすべての生命にとって深刻な事態に陥っているのです。すべての政府や社会が、生物多様性の危機が現実に起きていることを理解しなければなりません。世界の首脳たちは経済危機に対し正面から立ち向かいました。環境に対しても同等の投資と責任が必要なのです」

生物多様性救済措置

GBO-3の査定は2010国際生物多様性年の画期的な偉業の一つと見なされており、9月に行われる国連総会の高官レベル会談で世界の指導者たちにより議論される。また、その話し合いの結果は、10月に名古屋で開かれる第10回生物多様性条約締約国会議で各国の交渉の焦点となるだろう。

人間は生物多様性なしでもどうにか生きられるという幻想を捏造した。(アッヘム・シュタイナー国連環境計画事務局長)

これらに先駆けIUCNは、現在ケニアのナイロビで開催されている生物多様性条約の科学および技術の助言に関する補助機関(SBSTTA)会合に働きかけ、損失を食い止め回復させるための10年戦略である国際生物多様性“救済措置”の土台作りを強く求めている。

「SBSTTAは絶滅の危機から脱却する過程において重要な局面なのです。ナイロビで発表される科学データを各国政府が受け入れれば、現在の生物多様性損失を回復できる見込みが出てきます」と、ソニア・ペニャ・モレノIUCN生物多様性政策担当官は語る。

「もし自然界が危機にひんしているという事実を各国が受け入れなかったなら、事態は壊滅的な状況になるでしょう」

切り離された私たち

衰退の途にある生態系や、急速に弱体化し消滅し始める転換期をまもなく迎えようとしている生態系、また、もはや二度と人類に奉仕できない生態系の数々を、GBO-3の研究は列挙している。

報告されている例をいくつか紹介しよう:

このような災害は経済に打撃を与えるだろう。なぜなら、私たちは忘れがちだが、生物多様性は‘自然愛好家’の楽しみのためのみに存在するのではなく、人類を支える生態系に組み込まれているのだから。

「食べ物はスーパーマーケットから、水は水道から、薬は薬局からもたらされるように見えます。しかし、忘れてしまいがちですが、これらの物は一つの例外もなく、直接的または間接的に自然の産物なのです」と、ジュリア・マートン=ルフェーブルIUCN事務総長はIUCNウェブサイトの討論ページに寄稿している。

「これらは生態系の恩恵であり、ほとんど無償で自然が与えてくれているものなのです。私たちの社会、経済、文化の存続と繁栄に不可欠な支えなのです。これらの欠くことのできないすべての奉仕を賄う自然基盤は生物多様性なのです。膨大な種類の植物や動物やその生息環境が、数十億通りの方法で複雑かつ的確に結びついた生物多様性がもたらしているのです。」

GBO-3は55%に上る動植物種が絶滅の危機にひんしていると算定している。この中には、サイ、クジラ、ゴリラ、本マグロ、オオカバマダラなどのよく知られた種や、植物種の23%、鳥類の12%が含まれている。また、外来野生動物の個体数の減少にも警鐘を鳴らす。イギリスでは、ヒバリなど耕地の鳥の数が1980年から半減し、スズメやムクドリは3分の1に落ち込んだ。蝶、ミツバチ、マルハナバチ、蛾も激減している。

動植物や他の生命体の多様性がいかに価値があり、健全で機能的な生態系にどれほど貢献しているかを、経済大国の多くは理解していない。(アッヘム・シュタイナー国連環境計画事務局長)

これらの種の減少を引き起こしている、生息環境の消滅、気候変動、公害、資源の過剰搾取は、持続または増加の途をたどっているとGBO-3は指摘している。

新たなビジョンを打ち出そう

パン・ギムン国連事務総長の前書きの言葉同様、専門家たちは‘新しいビジョン’の必要性を確信している。

「すべての経済活動が自然と結びついていることを考えないでいる余裕はありません。私たちには自然資産を守るための新たな目標と協力が必要なのです」と、IUCN生物多様性保全グループ・ディレクターのジェーン・スマート氏は語る。

同氏はこう警鐘を鳴らす。「今年私たちには、地球上の生命にとって自然保護がいかに重要かを世界中の人々に訴えるチャンスが一度だけあります。私たちが新たに壮大な計画を打ち立てられなかったら、この惑星は存続しないでしょう」

スマート氏が言う惑星の指す星は明らかである。私たちが現状のまま続ければ、人類は存続しないだろう。しかし惑星は人間が絶滅した後も存続し、たとえ無数のその他の種が消滅したとしても、人間が招いた結果に感謝するのではないだろうか。

数少ない肯定的な面としては、2010年生物多様性目標の一部が達成され、行動には確かに影響力があり、さらなる取り組みへの基盤となることを証明した。その一つとして、特定の種や生態系を保護するという手段が意義深く大きな成果を挙げている。GBO-3によると、近年、森林破壊を規制する政策がいくつかの熱帯諸国において、森林喪失率を下げる結果につながった。さらに、今や170カ国が生物多様性に関する国家戦略と行動計画を制定しているのだ。

国際レベルでも希望の兆しが見えている。今週のケニヤの会合では、生物多様性と生態系サービスに関する政府間プラットフォーム(IPBES)と呼ばれる国際組織の考えを指示する機運が高まっている。IUCNによれば、このプラットフォームは「科学と政策間の対話を増やす」ことを主眼に置いている。

「IPBESの目的は、生物多様性、生態系、人間の健康に関する既存の豊富な情報を評価し、その地域に必要なさらなる研究を後押しすることです」と、IUCN生態系管理プログラムの責任者、ネヴィル・アッシュ氏は語る。

IPBES設立については、来月韓国で開催されるUNEP加盟国の会合にて検討される。これは世界の首脳たちにとって、コペンハーゲンのCOP15気候サミットで見せられなかった強い姿勢を見せる良い機会である。その時こそ、ゆるぎない世界経済の根幹が形成されるのである。

翻訳:上杉 牧

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著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。