気候変動は人権問題

気候変動に関する国際会議は多くの場合、交通事故の現場に似ている。複数の声が、それぞれの立場から状況を説明しようとして、お互いの声をかき消す勢いで怒鳴り合う。本当のダメージは何か、どのくらい早急に修復しなければならないのか、そして誰が費用を持つべきか?

しかし本当の懸念は、議論が停滞して行き詰まっていることではない。現在の喧噪によってもっと深い問題を隠してしまうこと、すなわち正当なスタート地点を見失ってしまうことだ。経済学者のティム・ジャクソン氏は『Prosperity Without Growth(成長なき繁栄)』の中で、経済成長と温暖化ガス排出を「完全にデカップリング(分離)する」という神話について説得力のある説明をしている。経済の成長率と相対的に、排出量の増加スピードを遅らせることは可能だ。しかし、今後どれほど優れた脱炭素技術が誕生したとしても、経済が拡大し続けるかぎり、排出量の増加率を抑制したり、増加傾向を逆転させたりすることは恐らく不可能だ。

私たちの政治的プロセスは成長なき将来像を想定できずにいる。しかし、気候変動と戦うためには成長について根本的に再考することが唯一かつ正当な出発点であるため、現在の政治的プロセスは明らかに目的にかなっていない。

これはつまり、民主主義が失敗し、権威主義的な解決策を受け入れるしかないことを意味するのだろうか。解決策は、実はその真逆かもしれない。ガバナンスの手続きがうまくいかず長期策を考えなければならないようなシステムが、必ずしも反民主主義的な「気候の専制君主」を必要とするわけではない。むしろ、この革命は超民主主義的で人権主導型のものになり得る。

私たちの政治的プロセスは成長なき将来像を想定していない。にもかかわらず、気候変動と戦うためには、成長について根本的に再考することが唯一かつ正当な出発点である。

気候変動は、人権のあらゆる領域にとって大きな脅威だ。例えば食料への権利、や衛生への権利、開発への権利などだ。従って人権裁判や、司法とは無関係の人権団体が、気候変動を実際に人権に直接関わる脅威として扱う余地は大いにあるのだ。そして、政府の政策が短絡的だったり、野心に欠けていたり、外国の人々を犠牲にして自国民だけを優先させるものだったりした場合、人権団体は政策を非難することができるはずだ。化石燃料の採掘森林破壊、炭素吸収作用の妨害、海洋の劣化は、人権を根拠に阻止できる開発である。

人権団体は今後、こうした反動的役割を地域レベルでますます担うことが可能であり、そうしなければならない。そうすれば、人権を侵害すると共に気候変動を悪化させる多くの開発を避けることができる。しかし、それだけでは十分ではない。人権団体は、人権侵害と、その延長線上にある地球規模での気候変動の悪化を回避するために積極的で包括的な働きをしなければならない。

人権侵害が確認された場合、政府は監視システムを導入することが求められる。さらに政府内部の連携を改善し、すべてのステークホルダー(特に最も弱い立場にいる人々)の参加を促し、組織の責任を定義し、侵害された人権の確保に関する期日を設けなければならない。要するに、政府は人権の成就を目指す複数年にわたる戦略を取り入れ、なかなか前進しない状況を自らの責任としてより重く受け止めなければならない。

こうしたアプローチは実際、気候変動への取り組みにとっても理想的である。その根底にあるのは、適切なインセンティブを供給する枠組みがなければ、市場は持続可能性の方向に進むことはできないという発想だ。国連貿易開発会議(UNCTAD)の『2010年世界投資報告書:低炭素経済への投資』によれば、低炭素経済への転換を実現するためには2010年から2015年の間に毎年4000億ドル(2500億ポンド)が必要であり、この数字は2030年までに年間1兆3000億ポンドに上る可能性がある。

公共投資を促進することはもちろんだが、適切なインセンティブを通して民間資金も流通させるという大がかりな取り組みが必要となる。これは偶然には実現しない。計画によってのみ実現する状況である。数年をかけた持続的な取り組みとして、産業界でよりクリーンな新技術を促進し、再生可能エネルギー源を開発し、より持続可能な消費パターンへの転換を図ることが必要である。さらに包括的なアプローチが求められる。例えば、再生可能エネルギーを推進する政府が、世界の他の地域で森林破壊を引き起こすパーム油のプランテーションや大豆で飼育される家畜農場に食料とエネルギー生産をアウトソーシングしないようにしなければならない。

人権団体は今こそ、こうしたアプローチを引き出し、気候変動対策に直接応用しなければならない。そして政府に対し、炭素排出の大幅な低減と低炭素社会への移行を可能にする長期的な戦略の提示を迫るべきだ。

重要なことだが、立法および行政機関は戦略を取り入れることになるが、その具体的な内容には事前の判断は下されない。一方、人権団体は、戦略が国の国際的申し合わせに少なくとも適合していることを求めれば、政府の領域内で優れた役を務められる。

こうした方向で働きかければ、人権団体は共同行動を引き出すという問題を克服する一助となる。共同行動の問題は現在、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で行われている地球温暖化に関する交渉の進展を阻んでいる。全地球的な人権宣言を基盤として、人権団体が協力を要請する方向へ前進すればいいのだ。

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この記事は2012年4月24日火曜日にguardian.co.ukで公表したものです。

翻訳:髙﨑文子

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著者

オリビエ・デシューター氏は、国連人権理事会によって2008年3月に食料への権利に関する国連特別報告官に任命された。政府、団体に所属することなく人権理事会と国連総会への報告官を務める。