世界の気候ガバナンスにおける先住民族の役割

効果的な地球規模での活動には、地域社会の有意義な参加が必要だ。世界のガバナンスの効力向上に携わる政策立案者たちにとって、最も重要な課題の1つは、地球規模でのガバナンスに人々の建設的な参加を取り入れることだ。非政府系の関係者の参加が増えれば、より効果的で効率のよい開発や、公平性、正当性、透明性、説明責任の改善、そして多様性とレジリエンスの強化を達成できる。

こうした参加拡大の持つ重要な1面とは、地域社会や先住民族のコミュニティーが世界のガバナンスにさらに関与することである。過去数十年の間に先住民族は結集し、国際基準の設定に大きな影響力を持つグループになった。このグループは、多国籍ネットワークや資金調達に関するかなり大がかりな共同活動に携わっている他、政府間組織や非政府組織とも関連を持つ。

国連会議と並行して開催される先住民族のフォーラムは、わずか15年前には画期的だと見なされていたが、今では、増加する政府間交渉にはおなじみのイベントである。例えば、生物多様性条約は生物多様性に関する国際先住民族フォーラムに資金提供をしており、同条約の下部組織を通じて先住民族の意見を統合している。この下部組織には、政府の代表者だけでなく、先住民族や地域のコミュニティーの代表者たちも同席する。

先住民族や地域のコミュニティーは、活動の実施や運営において特に有効だ。なぜなら、彼らは特定の条件に応じた活動を提供でき、社会や経済や環境といった軸の均衡を取る上ではるかに機敏に動けるからだ。

この点は自然資源の管理において特に当てはまる。自然資源の管理は、その資源に直接的に依存して生計を営む先住民族あるいはコミュニティーの組織、またはその両方が最も適任であることが多い。そうした組織は極めて官僚的な中央政府よりも、柔軟で、きめの細かい決断を下せる上に、社会的公正性に関する目標を実現するために適材である。

多くの場合、国際政治と政策決定の正当性は、地域の体験と考え方に依存している。

例えば、多くの地域的プロジェクトは、土壌管理や収穫技術の向上と、市場と流通の改善を通して、小規模農業を促進し、地域の食料安全保障や食生活に直接的に影響を及ぼす。そしてプロジェクトが、水道や衛生システム、学校、病院といった教育と健康に関する目標を直接的に支える地元のインフラストラクチャーを開発することも多い。

こうした恩恵にもかかわらず、先住民族や地域のコミュニティーは、自分たちの未来を決定する極めて中央集権的な多くの意志決定プロセスから除外され差別の事例は数限りない。しかし、地域規模での直接的関与が世界のガバナンス過程に与える恩恵は大きい。多くの場合、国際政治と政策決定の正当性は地域の体験と考え方に依存している。数々の国際的プログラムがすでに、情報の収集や普及、政策の実施、観察や評価、政策展開まで多岐にわたって、地域に住む先住民族の協力による恩恵を受けている。

気候変動への適応:世界の問題には地域の情報が必要

気候変動は複合的で世界規模の問題である。それは劇的に生態系に影響を及ぼし、環境への負荷の原因となるだけでなく、経済システムやインフラストラクチャーや人口動向にも影響を与えている。土地に基づいた「ボトムアップ型」の地域的行動の影響力に関しては明らかな証拠がある。これこそ、世界のガバナンス過程への先住民族の関与を分析するための優れたレンズである。

気候に関する活動は、世界的システムへの着目から地域的影響に的を絞った調査に転換し始めた結果、ある考え方を取り入れる傾向を強めた。それは、先住民族やその他の地域住民は、地域が受ける影響、脆弱性、適応/緩和策に関して意志決定プロセスに伝えるべき貴重な情報を持っているという考え方だ。

先住民族にとって、変動しやすく、かつ変わりゆく気候と共に生きる苦労は今に始まったものではない。彼らは何千年もの間、環境の守り手であった。そして自分たちの地域における複雑な生態系に関して広範な知識基盤を持っている。伝統的知識を用いて環境の変化を予測し、解明する先住民族の能力は、彼らの生活と生存と幸福に不可欠であり、社会や政治やガバナンスの構造を開発する基盤だった。

こうした知識システムは、自然を観察し、実験することに基づいた、世代を超えた知識の宝庫である。

伝統的知識は気候変動へのレジリエンスの中核

世代間で知識を継承するという文化を通して、先住民族は気候変動のような地域レベルのストレス因子への見事な対応策を巧みに開発し実施する。さらに、自然災害のような大きな環境的変化に効果的に対処することにも熟練している。環境的変化に直面した際、生態系のプロセスと機能を維持するために、先住民族は、資源の状況を監視し、(例えば、資源採取を一時的に規制することによって)特定の種を保護し、統合的農業システムを活用するために必要な手段を伝統的知識から得る。先住民族の伝統的知識は複雑な社会政治的プロセスやガバナンスの過程を通して、絶えず生み出され、維持されており、そのおかげで先住民族は環境からの予測不可能なフィードバックに適応できる。

実際に、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2007年の報告書で、社会は作物の多様化、かんがい、水の管理、災害リスク管理、保険といった様々な慣習を通じて、天候や気候の影響に適応してきた長い歴史を有すると記している。

例えばコロンビアでは、トゥカノ族のシャーマンは地元の生物多様性や気候に関する伝統的知識を頼りに、狩猟遠征の日程を種が豊富な時期に定め、干ばつやその他の不測の環境的変化の時期には狩猟を制限する。ペルーのプーノ地域では、先住民族は環境や野生生物に関する伝統的知識(例えば、降雨頻度、特定の植物の開花、特定の動物の出現、動物の交尾、伝染病の発生に関する知識)を用いて、作物を植える時期や収穫時期を決定する。

上記の例以外にも、世界中の多くの先住民族が環境的変動の影響を和らげる手段として伝統的知識に頼っており、その結果、彼らは問題を特定し、予測し、適応できるのだ。

地域の参加が意志決定を改善する

気候変動に関しては、脆弱性を低減し適応能力を強化するための適応プログラムと政策は地域の代表者と共同で開発した方が成功しやすいということが、調査によって明らかになっている。なぜならコミュニティーは傾向として、地域の代表者を信頼し、彼らの介入策は地域の価値観や願望と合致すると考えるからだ。また、地域の人々との活動は、主要なステークホルダーや組織を特定し、知識移転を促進できるため、意志決定や政策の実施への効果が高い結果を生じやすい。

しかし、適応策にかかるコストの総合的な推計は甚だしく欠如している。生活習慣を少しだけ調整するにしても、それを可能にするためには環境に変更を加えなければならないかもしれない(例えば、情報の入手可能性、組織の役割、インフラストラクチャーの利用)。しかも、正規経費が安価であっても、絶対的には高価である可能性もある。

また、世界の温室効果ガス排出削減、すなわち一般的に緩和策として知られる取り組みでの先住民族の役割が、世界的な関心を集めている。特に熱帯地域における森林破壊は世界の温室効果ガス排出の19~20パーセントを占めているため、世界の雨林を確実に保護することによる森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減(REDD)は、盛んに議論されている。

REDDの目的は森林保全の支援であり、その目的のために巨額の資金が調達されている。こうした活動は先住民のコミュニティーに恩恵を与える新たな機会となるかもしれない。しかし先住民族は懸念を示している。なぜなら彼らの過去の経験では、政府や民間企業は先住民族の権利や、森林政策、プログラム、使用権に関する利権を認めないことが多いからだ。

国連先住民族問題常設フォーラムの議長を2005年から2010年まで務めたビクトリア・タウリ・コープス氏は、REDDの枠組みは先住民族の権利を認めているとしながら、次のように語る。「森林の所有者、森林の管理者、森林から恩恵を受けるべき者の間で常に争いが絶えません……大きな問題は(政府が)保護措置を実施するかどうかです。そして、政府にそのような合意を順守させるには、先住民族がどんな備えをすべきかという点です」

先住民の知識が気候変動の科学に寄与する

IPCCの緩和策に関する第3作業部会の共同議長、ユバ・ソコナ氏は、2012年に開催されたコミュニティーと先住民族との気候変動緩和策に関する国連大学のワークショップでのスピーチで、現代科学と共に伝統的知識を考慮する価値を認めた。

「第5評価報告書に向けて、私たちは気候変動を緩和するために利用可能で、人間が行えるあらゆる選択肢を検討しようとしています」と、上記ワークショップで共同議長を務めたソコナ氏は語る。「……先住民や地域のコミュニティーに関する専門家や科学者との対話は刺激的です」

彼は伝統的知識と現代科学の関係や、伝統的知識と現代科学の平行利用についても語った。「(気候変動の)状況への優れた対処に関する伝統的知識を退けるほど、私たちには余裕がありません。早期警戒システムがますます必要になってきているのです」と彼は語った。「科学は何に基づくものでしょうか? それは観察です。そして伝統的知識もまた、観察に基づいているのです」

先住民族に依存した多くの伝統的な農業活動は、土壌での高い炭素蓄積率を生み出す。例えば、無耕農業、作物残留保持、輪作における被覆作物の育成、複合的な農業システムの導入などだ。こうした技術は、既存の炭素吸収源を強化し、二酸化炭素の総排出量を削減できる、重要で費用効率の高い公正な緩和策だと認められつつある。

先住民族に依存した多くの伝統的な農業活動は、既存の炭素吸収源を強化し、二酸化炭素の総排出量を削減できる、重要で費用効率の高い公正な緩和策だと認められつつある。

従って、世界的な介入策に先住民族との共同活動が大いに役立つということは、ますます明らかになっている。彼らとの共同活動によって、地方や地域における気候変動の傾向を特定し、記録し、その傾向が地域の人々に与える長期的な影響を理解し、伝統的知識に基づく効果的で適切な適応策を開発することが可能だ。

先住民族の知恵に対する報酬

先住民族や地域コミュニティーは森林地の所有者であるだけでなく、温室効果ガスの排出を削減する先駆的手法において重要な役割を担う。

オーストラリアでは、Western Arnhem Land Fire Abatement Project(WALFA:アーネム西部における土地と火の管理を通した環境負荷軽減プロジェクト)が火災の起こりやすい熱帯サバンナの野火の範囲と程度を抑えるために、現代の科学知識と共に、土地所有者であるアボリジニの伝統的な火災管理の手法を利用している。その結果、オーストラリアの野火から生じる温室効果ガスの年間排出量は、約36パーセント低減した。

このプロジェクトでは、伝統的土地所有者たちは毎年10万トンの炭素クレジットと引き替えに、カーボンオフセットとしてコノコ・フィリップス社から年間100万USドル(2005年に合わせて調整)を17年間、受け取ることに合意している。このプロジェクトは、伝統的知識と科学的手法の統合から健全な気候変動政策の開発に役立つデータが得られたという数多くの事例の1つだ。

この事例から明らかなのは、民間部門と協力する先住民族は生態系サービスの恩恵(温室効果ガス排出の緩和、生物多様性や生息地の復元の維持を含む)だけでなく、伝統的土地所有者に対して大きな社会文化的恩恵も与えられるという点だ。WALFAの場合、土地管理に長け、土地と自然資源への慣習的責務に精通した先住民の人々に雇用機会を与えることができる。彼らの多くにとって、一般的な就職の可能性は非常に限られている。

さらにWALFAのようなプロジェクトは、文化遺産の復興を可能にし、異文化間の信頼関係を築き、観光事業のような経済活動に必要な専門技能を育てる。それと同時に、地域コミュニティーの健康や全体的な福祉を向上させる。このような活動の規模を拡大し、世界各地で導入することは有益かもしれない。予備調査によると、ラテンアメリカ(例:ブラジル、ボリビア、ベネズエラ)、アフリカ(例:南アフリカ、タンザニア、ナミビア、ボツワナ、モザンビーク)、アジア(例:ロシア、カザフスタン)の牧草地の生態系に暮らす先住民のコミュニティーは、WALFAのような、コミュニティーを基盤とした野火軽減手法を導入し炭素クレジットを取得するのに適した条件を備えている。

世界のガバナンスへの影響

気候変動が関連する課題は多岐にわたる。例えば健康、多様性、貧困、開発だ。そして、現行の条約による取り決めや研究分野が連携できない状況では、気候変動に効果的に取り組むことはできない。緩和策に取り組む多くの活動は、災害管理計画や収入源を多様化する戦略のように、関連性のある持続可能な開発活動と密接なつながりを持つ。

先住民族が実施する気候変動の適応計画のほとんどは、典型的に言えば全体論的な先住民の世界観と一致し、複数の部門にまたがっている。

先住民や非主流のコミュニティーによる緩和策に関する文献の評論によると、ほとんどの戦略は典型的に、気候変動に特化した個別の対処策よりも、多くの要因やストレスに対処する実際的で進行中のプロセスを取り入れている。先住民族が実施する気候変動の適応計画のほとんどは、典型的に言えば全体論的な先住民の世界観と一致して、複数の部門にまたがっている。例えば、生物多様性の保護と生活の多様化を組み合わせた生態系の管理や、農業生産性の向上と水利の改善を統合した計画である。

肝心なのは、分野横断的なテーマを促進するために、条約、協定、規律の間の相乗作用を引き続き強化していくことだ。特に、(文化、知識、生物の)多様性と持続可能な開発プロセスの強力な関係を築くための取り組みが重要である。すべての人にとって、より安全で、公正で、クリーンで、環境に優しく、さらに繁栄した世界を実現しようとするならば、すべての関係者が様々な資源と多様な知識を統合するという課題に取り組まなければならない。

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本稿は、国連大学出版部から発行された書籍『Green Economy and Good Governance for Sustainable Development: Opportunities, Promises and Concerns(持続可能な開発のためのグリーン経済とよきガバナンス:機会、約束、懸念)』(ジョゼ・A. プピン・デ・オリベイラ9編、2012年)の1章、「The role of Indigenous Peoples in global environmental governance: Looking through the lens of climate change(世界の環境ガバナンスにおける先住民族の役割:気候変動というレンズを通して)」(K. ギャロウェイ・マクリーン、A. ラモス・カスティロ、S. ジョンストン著、2012年)に基づいています。

参考文献:

論点:

世界のガバナンスの特徴である、連携関係を持たない現在の研究分野に、世界の問題への様々な対処法をより全体的に取り入れるには、どうしたらいいと思いますか?

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翻訳:髙﨑文子

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著者

カースティー・ギャロウェイ・マクリーン氏は、国連大学高等研究所で研究員として気候変動と伝統的知識について研究するかたわら、環境情報コンサルティング会社BioChimera(バイオキメラ)(www.biochimera.com)の代表を務める。オーストラリア国立大学で理学(生化学・分子生物学)と文学(認知研究)の学位を取得し、国際科学政策の分野では20年以上のキャリアを持つ。