自分で判断する信号機

信号待ちをしているドライバーはあれこれ考え事をする。次の会議のこと、子どもの誕生日のことなど、日常の細々としたことだ。その間も燃料は燃え続け、CO2やその他の公害要因が大気に吐き出され、人間と環境の健康に影響を及ぼしている。

この状態には、当然個人の支出が発生していると同時に、減少し続けている原油の無駄遣いともなっている(アメリカだけでも渋滞中の車は年間100億リットルの燃料を燃やしている)。そして時間の無駄は国の経済の生産性も低くする。渋滞で悪名高いバングラデシュの首都に関するレポートが示す通り、320万営業時間が渋滞の中で費やされており、1億米ドルの経済のうち300万ドル近くが無駄になっている。

開発途上国の産業化が進むにつれ、これらの問題は悪化するばかりであろう。中国で最近起こった人類史上最大とも言われる10日にもおよぶ交通渋滞がその例である。

ありがたいことに、この問題を追求し、交通管制システムに革命をもたらそうとする人々がいる。この未来型信号システムは燃料を節約し、ガス排出を抑えるだけではなく、人々の無駄な待ち時間をも削ってくれるものだ。

流れに身を任せ

そのために2人の研究者が既成概念を打ち破ろうと考えた。ドレスデン工科大学Institute of Transport & Economics(交通・経済学研究所)のシュテファン・レーマー(Stefan Lämmer)博士とスイス連邦工科大学チューリッヒ校のディルク・ヘルビング(Dirk Helbing)博士は、規則的な赤と青の点灯パターンは不要な制限を生んでいるという仮説の証明に取り組んでいる。彼らによると、不規則な点灯パターンの方が効率的なのだそうだ。

しかも、彼らが最近発表した論文で述べているのは、信号同士が連携を取り合ってこの不規則パターンを生み出す、というものだ。(信号の点灯パターンについて考えたことはあるだろうか。これは交通工学の専門家によって最新の交通状況に合うよう周期が設定されているのだ。例えばラッシュ時には幹線道路の青信号の時間を長くするなど)

数年前、レーマー氏とヘルビング氏は、交通量を反映するシンプルな信号作動基準と、信号機自らが赤・青の点灯パターンを制御する機能があれば、この「進化型」信号システムは車両渋滞の効率的な解決策になるとの仮説を立てた。そして2人は交通流モデルを製作し、液体がパイプ網を分岐して流れるように、あるいは人の波が障害物を避けて通っていくように、車が交差点で別の道に入る時に何が起こるのかを研究した。

(ヘルビング氏は交通管理の専門家であると同時に物理学者、社会学者でもあり、人間の集合的移動についての研究とモデリングも行った。氏はまたFuturICTと呼ばれるイニシアティブ案のリーダーでもある。これは「より強力で正確な人間システム科学の構築と、人類と地球環境との関わりの構築をめざし、かつてない規模の科学的努力を促進することを目標としている」)

1本の道路に容量を超えた車両が進入しようとすれば当然渋滞になる。これを軽減するため、この2人はそれぞれの信号機に交通状況を感知するセンサーを取り付けた。これがコンピュータチップに情報を送ると、その後予測される車の流れを計算してくれるのだ。

このコンピュータチップは車の数に応じ、青信号をどのくらいの長さで出しておけば車の流れがスムーズになり渋滞がなくなるかを計算する。このようにして、各信号機が予期される状況に応じて自ら判断をするというわけだ。

しかしこのモデリングで、レーマー氏とヘルビング氏は、このような信号機は非常に高度ではあるが、感度が良すぎることに気付いた。その周辺の状況だけに焦点を当てると青信号の時間が長くなりすぎ、その道の先で問題が生じてしまうのである。

だが心配は無用。このチームが編み出した次の策は「分散的交通流安定化機構」である。1つの交差点での信号の動きが他の信号機にも影響を与えるのだ。信号連絡網が道路の車列の長さをモニターしながら連動的に働き、長い渋滞を防ぐ。

時間の遅れ、排出、無駄、怒りを削減

新しい制御のカギとなるのは、一定のリズムで信号の色を変えるわけではないため、交通量の自然な変動を妨害しない点だ。停止中の車が1台もない場合でも、交差点を次々に青で通過できる「Green Wave(信号同期速度制御システム)」は使用しない。

ヘルビング氏とレーマー氏のシステムは必要なところで青信号が出せるよう、交通流に不規則に間隔をあけるシステムを採用する。

「理由もなく信号待ちをするドライバーはいません。他の道路が混んでいる時に、空いている道路に青信号は出しません。そうすればドライバーのイライラ感も激減するでしょう」 先日のレーマー氏からEメールにはこのように書かれていた。

ドライバーのイライラを解消するだけではなく、システムの効率は相当なものだ。レーマー、ヘルビング両氏はドイツ、ドレスデンの中心街での実験について「前向きな結果が出た」と言っている。この実験は信号機のある交差点が13箇所ある複雑な道路網で行われた。この場が選ばれたのは、最新の管制システムを使っているにも関わらず遅延や「交通手段の連携がひどいと悪名高い」からだ。バスと路面電車があちこちで交差し、その中に横断歩道が68もあるのだ。

新たな柔軟性のある自主的管制モデルでは信号待ちの時間が削減された。一番効果があったのは公共交通機関だ。バスと路面電車が赤信号で止められる時間は56%減少した。交差点を渡る歩行者の待ち時間も36%減、車とトラックは9%減という結果だった。

「この地域の交通当局は、私たちの案が非常に優れていることに感心したと話してくれました。一般車両の流れを妨害することなく公共交通機関をより早く信頼できるものにできるかを示すことができたからでしょう。」とレーマー氏は言う。

このシステムをどの地域で採用するかについては「現在、現地トライアルが行われているところですが、残念ながら契約が済むまで地名をお知らせすることはできません」とのこと。新たなグリーンソリューションをいち早く取り入れるのは渋滞で知られる北京やダッカあたりかもしれない。

「シミュレーションから分かったのは、私たちの信号制御システムは、従来のものに比べ、数種類の交通手段が使われている地域や、交通量が多い地域、交通網が不規則な地域などに適しているという点です。そういう地域では信号同期速度制御型のシステムを導入することがほとんど不可能だからです。

いつか、そう遠くない将来に、世界各地で通勤する人々がレーマー氏とヘルビング氏に、時間の遅れと道中でのイライラをなくしてくれたことに対して感謝する日が来るだろう。都市設計者は、炭素排出削減戦略として彼らの案を考慮すべきだ。

さらにその先の未来には、無駄と渋滞での待ち時間の削減に対する、より進化した解決策が見出されることだろう。ヘルビング教授は、レーマー教授同様ドレスデン工科大学で働いている同僚を紹介してくれた。彼らは現在共同で新たな交通科学の分野を開発しているそうだ。車々間通信(IVC)技術である。

「IVCは無線LAN/WiFi接続に似た、ブロードキャスト型の短距離無線通信です。他の車両への通信(車々間通信)とインフラに据えられた道路側機器との通信(路車間通信)ができます」とマーティン・トライバー(Dr. Martin Treiber)博士が説明する。

やがて、車両の運転補助システムにこのような通信機能が搭載され、未来の「高度交通システム」の一部となるだろう。

トライバー氏は語る。「私たちはいくつかのコンセプトを研究、実験してみました。分散型即時渋滞警告システム、交通がより効率よく流れるよう考案された交通適応型巡行制御装置、信号から車両への通信設備などです」

想像してみよう。あなたの車が、他の車や進化型信号機と連携を取り合って自動的に渋滞を避け、走りやすい道を選んでくれることを。交通渋滞のない世界がやってくるとしたら素晴らしいではないか。

翻訳:石原明子

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著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。