高い志で貧困の罠から脱出?

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なぜ貧しいアフリカの村に住む母親は、自分の娘を学校に行かせる代わりに、年配男性の第2または第3夫人として嫁がせてしまうのか?こうしたことで、貧困は親から子へ受け継がれる。また、なぜフィンランドのような先進国の辺地の村に住む少年が学校を中退して、衰退する田舎で結婚もせず一生を終えるのか?こうした疑問の解決に、経済学者はどのような形で貢献できるのか?

最初の問いに対する答えは言うまでもない。開発途上国に暮らす貧しい家庭には、子供に教育を受けさせる余裕がない場合が多いからだ。しかしフィンランドの若者のケースについては、答えはそれほどはっきりしていない。貧困で、こうした行動の一部を説明することはできる。しかし、心理学の理論を取り入れた新しい経済研究は、その決定の裏には他にも重要な要因があることを示している。

貧困は知的資源を奪い取る

貧しい人が貧困から抜け出せない理由としてよく挙げられるのは、彼らには経済的成功に必要な特定のスキルと知識がなく、そうした特質が受け継がれるために、その子供もまた貧しいというものだ。しかし、アナンディ・マニ(Anandi Mani )博士のチームは、この因果関係は逆方向にも機能すると示す。つまり、貧困自体が知的資源を減らすというのだ。その影響をさらに詳しく調べるため、マニ博士らは2つの全く異なるサンプルグループ(インドの農民とボストンのショッピングセンターの客)について、調査を行った。

両グループの参加者には、調査の開始時に、短いIQテストと認知コントロールの計測テストを行うよう求めた。インドでは同じ農民に対し、収穫の直後(農民が相対的に裕福な時期)と農繁期の直前(農民の収入が最も少ない時期)にテストを実施した。その結果は、相対的に貧しい状態で暮らしている農繁期の直前の方がかなり悪かった。一方、ショッピングセンターの客には、収入の申告をさせ、同テスト内において金銭的な困窮状況を想像するよう求めた。このテストでは、貧しい人も裕福な人も結果は同じであったが、悲惨な経済状況を思い出させられた貧しい人は、裕福な人と比べ、結果が著しく悪かった。

この結果の原因は分かりやすい。貧困は私たちの関心を奪い取り、私たちの知的能力は家計と同じように制限されてしまう。貧困時に避けられない関心事や心配事が、私たちの知的資源を奪い取る。同様に、貧困によって、私たちの関心が長期的な計画より日々を生きることに向けられることも理解しやすい。家族の毎日の食事に苦労している状態では、子供の教育のために計画を立てる力は見つけにくい。教育には何十年にもわたる貯蓄が必要な場合もあるからだ。ここに、いわゆる貧困の罠がある。貧困は、将来の計画に費やされたかもしれない知的な関心を奪ってしまうという問題を引き起こし、貯蓄率に影響を及ぼす。そして低貯蓄率が、最終的に貧しい人を貧しいままにする。

貧困と志

貧困の罠を継続させてしまうもう1つのメカニズムは、「志の不足」として知られる。住民が同じ伝統に従って何百年もの間暮らす貧しい村で、自らの人生を変えない判断を下す仲間の姿を見ている若者が、その志を(恐らく不適切なほどに)低レベルに設定されていることは理解しやすい。地理的隔離もまた、こういった行動を強いる可能性がある。とくに成功することが、多くの場合こうした場所から離れ、良いロールモデルとして存在できないことを意味する場合はそうだ。貧しい人に可能性が欠如していることは確かだが、志の低さが一役買っていることも非常に納得できる。こういった心理的要因が、現在のフィンランドの若者の社会的疎外の一因なのだろうか。こうした村に限らず、20歳の時に長期的な判断を下すことができる人などほとんどいない。

どうやって志に影響を及ぼすか?

バーナード・タング(Bernard Tanguay)氏のグループは、エチオピアで実験的設定を使ってこれを調査した。無作為に選ばれた村に暮らす人々に対し、同じような地方の村の住民がビジネスを再構築し、生活水準の向上に成功したビデオを見せた。プラセボグループには一般的なエチオピアの娯楽番組を見せ、残りの人は介入を受けないコントロールグループとした。全参加者の志のレベルを、介入の6カ月前と介入後に調査した。その結果、感動的なビデオを見たグループは、自らに対し高い目標を設定しており、このことは貯蓄や借入、子供の教育に関する実際の経済的判断に反映された。調査員がこの村人たちにむなしい望みを与えたのか、それとも態度の変化は長期的な生活の向上にも反映されるのかは、時間が経てば分かる。

では、貧困の罠から抜け出す方法は?

最低でも政策立案者は、自助努力がさらに難しくなるような不必要な官僚制度で、こういった貧困の罠を助長してはならない。例えば、豊かな国で失業者が直面する官僚制の罠を取り除くために、私たちは本当にできるだけのことをしただろうか。経済的窮状が緩和することで、人はより良い判断をすることができるようだ。このことは、貧しい国で所得移転の利用を増やすさらなる理由となろう。しかし人々が自らの志を低く設定し過ぎないように、当面は、健康や教育投資といった長期的な福利向上のための手段にリソースを費やすことを、少なくとも一部の所得移転の条件にすることは賢明であろう。

本稿は、国連大学のWIDERAngleで最初に公表され、Talous&Yhteiskunta誌(Vol.4, 2014)にフィンランド語で公表されました。

翻訳:日本コンベンションサービス

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高い志で貧困の罠から脱出? by ユッカ・ピルティラ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 IGO License.

著者

ユッカ・ピルティラ氏は、国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)のリサーチフェローである。タンペレ大学において経済学の教授の任に就いているが、現在、休職中である。