私たちの環境問題への関心は日々高まるばかりだ。とりわけ形のあるもの、目に見えるものに対しての関心は高い。(だが、毛髪の直径1万分の1というナノ微粒子の目にみえない’エコ’について考える人はどれほどいるだろう)
ナノテクノロジーとは、こういった極小の物質を画像化し、計測し、モデリングし、操作する技術である。この「スタートレック」もどきのテクノロジーが気候変動やエネルギー問題への対策となるか十分検討されているだろうか。
この原子や分子の科学はすでに複雑な方法で多岐にわたって利用されており、確かに影響力はあると考えられる。医学、浄水、エレクトロニクスなどの分野ではナノテクに大きな期待が寄せられ、研究・開発が盛んだ。気候変動、エネルギー源と環境問題に関しては、ナノテクは以下のような様々な「グリーン」な方法に適用されている。
• 車などの機械を軽量化し燃料効率を向上させるための素材の開発
• ソーラーパネルや燃料電池技術の能力を向上させるためのナノ構造素材の開発
• 環境汚染物質を感知し除去するナノセンサーなどの設計
「ナノテクノロジーはプラットフォームテクノロジーであり、それ自体が気候変動に劇的な影響を与えるようなものではない」―国連大学高等研究所の報告書
上に挙げた技術はどれもよく思えるが、ナノテクは科学やエンジニアリングの研究室の外でも実際に社会に貢献することが出来るのだろうか。2008年、国連大学高等研究所(UNU-IAS)の研究者たちは「ナノテクノロジーはプラットフォーム(土台)テクノロジーであり、それ自体が気候変動に劇的な影響を与えるようなものではない」といった内容の報告書を出している。報告書では研究や開発が行われている実例の数々を示している。一方で、ナノテクの貢献は、水素経済や太陽発電技術の広域利用、次世代電池などをより大きなシステムに組み込めるかどうかにかかっていると指摘する。
どうすればそうした社会を実現できるのだろうか。
私たちは最近、その辺りをより詳しく考える機会を得た。
東京で2月17日から19日にかけて行われた国際ナノテクノロジー総合展・技術会議2010 は世界最大のナノテクノロジー展のひとつである。今年は19カ国から654の企業、大学、行政機関が参加し、延べ42,381人が足を運んだ。皮肉なことに1メートルの10億分の1 (1×10−9m)という微粒子に関するテクノロジーの展示には26,010平方メートル(280,000平方スクエア)という広さの展示場が必要だった。
今回の総合展のテーマ「Green Nanotechnology: 10のマイナス9乗がつくる環境力」は、エネルギー消費を減らすための技術的応用と環境問題解決への貢献に対し人々の関心が高まっていることを反映している。136団体の出展ブースでは緑の葉のロゴが飾られ、こぞって「グリーンさ」がアピールされていた。
アメリカ政府がナノテクノロジーにどれだけ拠出しているかを見れば、グローバルに活躍する人々にとっていかにこのテクノロジーが重要であるかわかるだろう。ナノテクノロジーに対する財政支援は2001年には約4億6400万米ドルだったが 2009年度には15億米ドルにまで跳ね上がった。 民間企業からの投資も、少なくとも政府と同等ぐらいだと推定されている。他国と比較すると、2005年にはEUは約10億ドル、日本は9億5000万ドルをナノテクノロジーに投資しており、韓国、中国、台湾がそれに続く。
ナノテク2010では、多くの出展者—特に日本人は—目立たないながらも非常に重要な分野の効果的な解決策に対し費用と研究時間を割いているようであった。建物のエネルギー効率を高める断熱素材は「熱い」商品だ。
例えば、いくつかの企業は高強度(圧縮)断熱セラミック粒子技術を使った壁材を開発中だ。日本が省エネルギーと二酸化炭素排出量削減に取り組む中、この技術は新しい建築物に使われるようになっている。断熱や気密性などを規定した日本の省エネルギー判断基準にのっとったハイテクホーム建設にも役立つだろう。
ナノテク2010で私たちが見つけたグリーンなナノ技術をいくつか挙げてみよう。今後幅広く使われそうである。
一見、緑の葉をつけた植物に見える製品。これは実は植物ではなく有機薄膜太陽電池である。このユニークな製品は三菱商事とパートナーが共同開発したものだ。フラーレンという物質(C60)を使ったこの新型太陽電池は、従来のシリコン太陽電池に比べ費用効率もエネルギー効率も高い。
「これを大量生産ラインに載せることができれば、エネルギー生産業にとっては革命的なことです」と三菱商事の研究担当者は言う。
ナノサイズ粒子を含め、最新型製品開発のための需要が増し、高精度切削加工技術が開発されてきた。例えば精密機械メーカーのスズキ精密工業は広範囲に及ぶ究極の加工技術用機械を生産、販売している。このような超精密切削機は医学、セミコンダクター、自動車、通信産業において需要が非常に高い。
金のナノ粒子は非飲料水から有毒な粒子を効率よく吸収することがわかっている。また飲料水中の農薬濃度を調べるためにも使われている。
「プラチナ、チタンについてはより広く知られています。しかし金のナノ粒子の可能性について気づいている人はいません」ワールドゴールドカウンシルのトレヴァー・キール博士は説明する。
最新のナノテクノロジーが科学的に重要性を増すとともに、一般市民からの注目も集まるようになり、この技術の社会的、環境的影響についても考察する必要が出てきた。
近年、欧州委員会がナノテクノロジーに関する期待と懸念事項を挙げ、倫理的、法的、社会的側面とガバナンス(管理)課題についての報告書(PDF)をまとめた。この報告で提示されたナノテクノロジーの将来に関する問いかけはシンプルだが本質的なものだ。具体的な問いとして「製品は採算が取れるのか」「環境や人体に悪影響はないのか」「ナノテクノロジーがより主流になったら、社会はどう変わるのか」が挙げられる。
ナノテクが健康や環境に害を及ぼす場合もあると考えられており、いくつかの機関が有機食品には人工的なナノ粒子を使わないよう要求している。これらの粒子が存在する環境での労働は健康被害をもたらすことがあり、最近の例では重篤な肺の病気が報告されている。
さらに別の課題はナノに特化した規制が今のところ国家単位でも国際的にも存在しないという問題だ。
さらに別の課題はナノに特化した規制が今のところ国家単位でも国際的にも存在しないという問題だ。誰がこの新技術を管理するのか。そしてナノテク産業を持続可能かつ責任ある技術として活用するためにはどのような段階を踏めばよいのか。
このような論争の可能性について、ナノテク製品が広く行き渡るための障害となるかもしれない、とUNU-IAS の報告書の著者たちが警告を発している。
「障害のひとつは、このテクノロジーに関し、人体への影響や環境への害への懸念を取り上げる明白で強力な規制制度がないということである」
強制的に報告させるシステムは有効かもしれない。しかし今私たちはナノサイズをどう定義するかにおいてすら疑問が残る段階にいる。よって本格的な環境基準を設けるにはまだ数年はかかるのは必至だ。
それまでは、ナノテク応用分野に携わる人々は、1959年に初めてナノテクノロジーの概念を使用して有名になったリチャード・ファインマン博士の「底のほうにはまだ十二分の余地がある」ということばを信じていてよいだろう。
ナノテク2010を訪れてその思いを新たにした。あれから50年以上も経た今もなお、可能性には十二分の余地がある。だが、議論のための「余地」も加えておこう。
翻訳:石原明子
ナノテクノロジーで環境対策? by 飯泉 文子 and シュテファン・シュミト is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.