三大危機:金融・食糧・気候変動

5月中旬、200人以上の研究者と政策立案者が国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)の創立25周年を記念するためヘルシンキに集まった。そこでは金融危機・食糧危機・気候変動という三大危機と、その危機によって貧困や格差、人類の発展にどのような影響が現れるかについて討議する会議が5月13日から15日まで開催された。

世界経済が深刻な変化を迎えつつある時期の中での開催だった。この変化をどう捉えるか、またUNU-WIDERは今後25年間の間に何を研究・研修してゆくべきかといったことが三大危機の会議における中心課題だった。また「学問としての経済学」がいかに人類の直面する危機に再び焦点を当てられるかということも3日間の議論を通して話し合われたことの1つだった。

金融危機

差し迫った問題はこの2年間で世界中に広まった世界金融危機である。専門家による予測は常に楽観的見方と悲観的見方の両方を行き来している。そもそもこれらの危機は北半球における規制の足りない金融システムが原因なのだが、その被害を受けるのは南半球だ。南半球側が当初予想されたより上手く対応している一方で(新興国が成長を続けているおかげである)、富裕国の方は財政状況に多大な打撃を受けている。これらの富裕国が金融危機初期に投入したケインズ主義の対応策は、どこかの地点で逆転されるだろう。これまでにない緩和策の後に財政・金融政策の締め付けを行えば世界経済はどのような反応を示すだろうか。

富裕国も貧困国も金融市場の混乱には影響を受ける。

UNU-WIDER会議では、開発途上国が今後の金融危機の余波を受けないために何をすべきか様々な話し合いが行われた。

開発途上国は、巨額の外貨準備金を備え自ら危機対策をしなければならなかった。危機に対する国際的な支援は常に不安定だからである。南半球では過去の通貨危機が繰り返されることはなく、そのおかげで世界的景気後退が少しは改善された。特にアフリカは、現在も世界の商品市場に大きく影響を受けはするが、苦労の末に政策能力を手に入れてからというもの、以前より自力で市場を操作することができるようになった。

富裕国も貧困国も金融市場の混乱には影響を受ける。UNU-WIDER 会議はユーロ地域の大混乱の真っ只中で開催されたが、世界経済はいまだに「危機を脱した」とはとてもいえない状況だということが改めて認識された。

気候変動の危機

同時に気候変動への歯止めも効かないままだ。NASAの予測によると気候変動とエルニーニョの影響で2010年は観測史上最も暑い年になるということだ。国際経済不況によって温室効果ガスは多少減ったが、2009年12月の気候変動会議(COP15)ではほとんど具体策は立てられなかった。よって気候変動は2つ目の危機であり、範囲が最も広範囲に及ぶ危機でもある。

現在の世界成長モデルは環境的に持続不可能なものであり、UNU-WIDER会議ではそれをどう改革すべきか様々な話し合いが行われた。貧困国は環境問題の被害を一番受けやすく、気候変動に歯止めがかからなければ今後も貧困は加速するばかりだ。この国際状況には大胆な改善、適応、緩和策が必要である。しかし正しい投資や政策のためには、その国の状態や干ばつと洪水の地域的な影響について知らなければならない。気候変動に付随する経済発展に関する研究課題を話し合うUNU-WIDER会議ではこのことが主要課題として取り上げられた。

この危機の根元の問題は世界が持続可能なエネルギー研究に十分な投資をしてこなかったことである。特に貧困国に必要な技術の分野においてだ。

この危機の根元の問題は世界が持続可能なエネルギー研究に十分な投資をしてこなかったことである。特に貧困国に必要な技術の分野においてだ。この分野では何十年も下降が続いた後、上昇に転じてはいるが、公共・民間のいずれからも巨額の投資が必要である。金融危機がベンチャー投資基金と公的資金に打撃を与えたとはいえ、エネルギー投資を怠っては私たち自身を危険にさらすこととなる。投資不足のため、化石燃料以外のエネルギー源はほんのわずかしか開発されていない。

UNU-WIDER会議参加者は 過去においてエネルギー価格と入手方法の混乱がいかに世界経済を揺るがしてきたか、いかにエネルギー浪費は現在の世界成長が持続不可能な方法に基づいているか、という点を取り上げた。これらは富裕国が経済復興に向かい化石燃料源への圧力を強めるにつれ、ますます大きな問題として取り上げられるだろう。エネルギーをめぐる競争は戦いの火種でもあるのだ。

食糧危機

三大危機の3つ目は(3つ目と言っても重要度が低いわけではない)再び増加している栄養不良と飢餓である。世界的不況が始まった頃の送金額と貿易高の減少により貧困者に深刻な影響が及んだ。

地球の人口の約半分が都市部に暮らす今、新興国の繁栄、食料耕作地からバイオ燃料耕作地への転換などがあいまって、食料需要は高まり、世界は(特に貧困者は)今後ますます食料価格の影響を受けるだろう。

同様に心配なのがここ数年の食料の値段の高騰だ。特に主食の値段は2007年から2008年にかけて急騰した。その後世界的成長のスピードが遅くなってからは多少下がったが。しかし地球の人口の約半分が都市部に暮らす今、新興国の繁栄、食料耕作地からバイオ燃料耕作地への転換などがあいまって、食料需要は高まり、世界は(特に貧困者は)今後ますます食料価格の影響を受けるだろう。

黒字国はまず国内の消費者を守ろうとするだろうから、食料不足の国々が頼みの綱としている国際食料市場が乱れる可能性がある。UNU-WIDERの25周年記念会議ではこれらの問題に対する答えを模索する国内、国外の政策立案者たちの参加によって大きな成果が得られた。

今よりはるかに多くの国々に対し、何よりもまず社会的保護を与えなければならない。また気候変動と世界的経済不況の困難についても対応しなければならない。ブラジルやメキシコなどここ10年で社会的保護を厚くすることに成功した国々から学ぶところはたくさんあるはずだ。すぐに行わなければならないことは、その教訓を貧しい国々の各種プログラムに取り入れることだ。特にアフリカでは(特に資源の豊かな国々では)国内金融、そして国外支援を得て社会的保護の資金とすべきだ。

国外支援と三大危機

ここ50年以上、国外支援の輪は広がり支援提供国と受け手の関係は複雑に絡み合っている。この複雑さにはいくつかの原因がある。二国間、国際間の資金提供国の数。新旧入り混じった支援金の送金方法。支援の目的の多様化。資金提供国と受け手の「取引」にかかるコスト(承認・導入・監視)だ。しかしそれらの支援が効果的に機能するかどうかは、厳しい管理があってのことだ。

三大危機は全体像の中心課題である。またその三大危機により国連の最大の関心である平和と安全に与える影響やその他の脅威による影響も全体像の核の部分にある。

私たちは海外支援の枠組みの全体像と課題点について詳しく検討しなければならない。三大危機は全体像の中心課題である。またその三大危機により国連の最大の関心である平和と安全に与える影響やその他の脅威による影響も全体像の核の部分にある。支援の役割、衝撃緩和策、民間資本を集める方法などがUNU-WIDER 会議の3日間を通して話し合われた。

今後の課題

UNU-WIDERの活動開始から25年。設立当初も今も徹底的かつ献身的で政策に重点を置いた研究と研修の必要性は変わらずある。国際統治は様々な危機に対応するよう期待がかかっている。三大危機に注目して他の危機を軽視してよいというわけではない。HIV/AIDS対策を含む人類の健康と幸せを追求する仕事も緊急課題である。紛争を避け、終わらせることも同じく緊急課題だ。

主催国とその他援助資金提供国の支援を得てUNU-WIDER のヘルシンキ本部から、変化を及ぼす研究や研修を行おうという研究者と政策立案者の国際ネットワークを築くことができた。25周年記念会議ではそのような達成事項もあったが、同時に日々貧困を生きる何千万人もの人々の運命について再認識させられる機会でもあった。このような困難に協調的かつ断固たるやり方で立ち向かわなければならない。すべきことは山ほどある。そして私たち一人一人がそれに参加しなければならないのだ。

本文で議論されている内容はトニー・アディソン氏とチャニング・アーント氏による研究成果報告書に更に詳しく述べられている。The Triple Crisis and the Global Aid Architecture(三大危機と世界的支援構築)(UNU-WIDER研究成果報告No. 2010/01)

翻訳:石原明子

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三大危機:金融・食糧・気候変動 by トニー アディソン and フィン タープ is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

トニー・アディソン教授はフィンランドのヘルシンキにある国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)の首席エコノミスト兼副所長。マンチェスター大学開発学部元教授、マンチェスター大学Brooks World Poverty Institute(BWPI、ブルックス世界貧困研究所)元所長(2006年-2009年)。慢性貧困研究所(CPRC)副所長、UNU-WIDER副所長を務める。著作は「From Conflict to Recovery in Africa(アフリカの紛争から復興へ)」(オックスフォード大学出版)、「Making Peace Work: The Challenges of Economic and Social Reconstruction(平和を目指して:経済・社会再構築の壁)」(Palgrave Macmillan)、「Poverty Dynamics: A Cross-Disciplinary Perspective(貧困のダイナミクス:学際的視点)」(オックスフォード大学出版)。「The Chronic Poverty Report 2008-09: Escaping Poverty Traps(慢性的貧困レポート2008年-2009年:貧困の罠からの脱出)」の主執筆者。

フィンランドのヘルシンキにある国連大学世界開発経済研究所(UNU-WIDER)所長。フィン・タープ氏は理学修士、経済博士号を取得したコペンハーゲン大学にて経済学部開発経済学の教授も勤める。タープ教授は30年におよぶ学問としての開発経済・応用開発経済の研究と教授経験を持つ。現地活動はアフリカ全土の多くの国々で行っており、その他スワジランド(2年)、モザンビーク(8年)、ベトナム(2年)など発展途上国での長期滞在の経験も豊かだ。開発戦略と外国支援に関する国際的な第一人者で、専門分野は貧困、所得分布、成長、ミクロ・マクロ経済政策とモデリング、農業政策・計画、世帯・企業開発、景気調整と改革。フィン・タープ氏は大学教授のほかに、政府や資金提供組織の重要な役職や顧問を務め、数多くの国際委員会や諮問機関のメンバーでもある。その中にはEuropean Union Development Network(EUDN、欧州連合開発ネットワーク)African Economic Research Consortium(AERC、アフリカ経済学研究コンソーシアム)を含む。