世界の次なる 息づかい

「“もう一つの世界”は存在しうるだけでなく、もう近づいてきています。静かな日には、その息づかいが聞こえてきます」
すべての人々が、アルンダティ・ロイ氏のこの引用文の意味を、十分に理解しているわけではない。 しかし、ロブ・ホプキンズ氏はこれを理解し、自身の講演でも引用している。彼は活動的なイギリス人で、「現代においてもっとも重要で、画期的な社会的実験になる可能性を秘めている」と称されるトランジション(移行)・ムーブメントの中心的存在だ。

このトランジション・タウンというアイデアは、アイルランドのキンセールでパーマカルチャーの講師をしているホプキンズ氏と彼の生徒が構築した「エネルギー削減行動計画」から生まれたものだ。これは彼らがピークオイルに関するドキュメンタリー『郊外型生活様式の終わり』(原題「The End of Suburbia」)を見たことがきっかけで考案された。

ピークオイルの到来を考慮してキンセール向けに考案されたライフスタイルは、他のコミュニティからの注目を集め、ホプキンズ氏は他の町や島、都市にも広く応用できる可能性を見出したのだった。

トランジションの中心となるのは、政府がすべての解決法を見出すのを待つ、あるいは個々人の活動が拡大するのを待つことではない。むしろ、温暖化対策に必要な社会の再構築や、安価な石油資源の終焉に備えるにあたり活性剤となるのは、地域社会であるという考えだ。

トランジション・イニシアチブは、住民、地域グループ、企業、政府を結び付けるプロセスを助長し、コミュニティの低炭素化、持続可能な社会を目指す長期計画の構築を目的とする。また、こうした移行への努力は地域社会の結び付きや公平性を深め、ライフスタイルをさらに充実させている。

知的なトランスフォーメーション

「我々生物は、好むと好まざるとにかかわらず、低エネルギー消費型の未来へと移行していくだろう。その波に飲み込まれるよりも、その波に乗る方が寸断賢明だ」

これは、移行を検討しているコミュニティ向けにNPOトランジション・ネットワークが提供している『トランジション手引書』の引用文で、その内容は実用的で示唆に富んでいる。それによると、トランスフォーメーション(変化)は緩やかなプロセスであり、初めに活動を開始したグループ(誰でも可)が積極的にメンバーの「集団的な才能を引き出し」ながら、あるモデルを検討、採用、適合、導入することを意味している。

手引書に掲載されている12のステップは、単なるサンプルフォームではなく、地域の状況や特定の風土に適合可能な一連の原則である。意識改革、作業グループの結成、関連技術の取得(「新しいスキルの習得」としても知られる)などが優先事項に含まれ、最終的には地域社会の低エネルギー消費計画を構築することを目標としている。

この手引書の他にも、ホプキンズ氏はトランジション・カルチャー(ホプキンズ氏のウェブサイトと同名)全般に関するハンドブックも執筆している。昨今出版されたトランジション・タイムライン経済学ートランジション・ハンドブックへの追加にも共同執筆している。

しかし、トランジション・イニシアチブの真の焦点は、「行動」にある。ステップ7に強調されているように、「重要なのは、人々が机上で希望リストを作成するだけの議論に終わらせないことだ。プロジェクトに必要なのは、早期段階から地域社会で、実用的かつ注目度の高い政策表明をすることにある」

海を越えて

ホプキンズ氏はトランジションを「不可欠なアイデア」と述べており、これは広がりやすい活動のようだ。イギリス南部デボン州のトットネスというトランジション・タウンは、最初にこの取り組みを始めた場所で、2006年9月に設立されて以来、勢いを増しており、ホプキンズ氏自身もこの地に在住している。

「トットネスでは、私たちは非主流派ではなく、町議会や商工会議所、地域の政策グループの支援を100%受けています」 ホプキンズ氏は自らのブログで、パーマカルチャー活動家・著者のテッド・トレイナー氏の「何人くらいの住民がこのイニシアチブに参加しているのか」との質問にこう答えている。

「10%の住民が積極的に参加し、大半の支援があれば、すばらしい活動の基礎になると思います。より多くの住民が支援してくれれば、なお良いですね」

このムーブメントはイギリス国内で急速に広がり、さらには海を越えて、小さな町をはじめ、アメリカのポートランドのような小規模の都市、オーストラリアのサンシャインコーストのような大規模な地域に至るまで続々と拡大している。世界中159か所で、様々な段階の移行が起こっており、また活動の中心的グループが今後イニシアチブの開始を検討しているプロジェクトは900以上もある。

昨年の秋、日本でも藤野市が100番目の正式なイニシアチブとして、アジア初の参加を果たした。東京近郊にある人口が約1万人の市で、榎本英剛氏が仲間と活動を始めたときには、藤野市はすでにパーマカルチャーの中心となっていた。エコビレッジ国際会議の合間に国連大学を訪ねて下さった榎本氏は、「現在のメンバーは20人で、我々の取り組みはまだ初期段階にあります」と語ってくれた。

榎本氏は、「人々は何かを始めたくてうずうずしている」ことに気が付いたという。藤野市には、すでに積極的に活動している作業グループがあり、彼らの努力への反響はポジティブなものであった。トランジション・ジャパン(ムーブメント開始の拠点)のメンバーとしても同氏は、「藤野市は国内でトランジションを検討しているコミュニティへの重要なモデルになる」と述べている。

榎本氏のトランジションについての意見の詳細は、下記のビデオをご覧ください。

崩壊の必要はない

「世界を変える」というテーマは、石油に依存する消費国の多くが恐れていることで、中には直ちに放棄してしまった国もある。しかし、これは全世界が直面する特に重要な問題だ。気候変動に関する科学的事実が蓄積され、ピークオイルの専門家も結集する中、我々が目下置かれている困難な現状は、心理的重圧となって世界中に重くのしかかることになる。

しかし、一度「ピークオイルを意識する」ようになると、よくある初期反応に「何もできない」という無力感に襲われることがよくある。多くの人々は、ピークオイル後に社会が崩壊し、石油価格を絶えず高騰させるだろうと予測している。ホプキンズ氏は、ある国際フォーラム(彼は飛行機に乗らないことにしている)にビデオ参加した際に次のように述べ、この意見に異議を唱えている。

「そもそも、私たちを石油産出のピークへと導いた豊かな創意と工夫、適応力は、再び我々を向こう側へと導くことができると思います。転換点に達しても、すべてが完全に崩壊する理由はありません。」

無論、このムーブメントはそれなりの論議を引き起こし、(トランジションは)「政治に無関係」だとして、批判的な人たちもいる。これに対し、ホプキンズ氏は次のように反論している。

「私の意見では、環境保護運動に使われてきた従来の手段(キャンペーン運動、ロビー活動、抗議)は、新しい問題を解決し、低エネルギー消費へと社会を導くには不十分です。今後の新しい手段には、かつて見たことがないほどの多様な個人や組織の結び付きが活用されると考えています。」

「私が思うに、これを達成するためには、プロセスを可能な限り柔軟にし、巧みな方法でより民主的なものとし、低エネルギーかつ地方化されたインフラを整備することが重要です。それもポジティブで面白みがあり、威圧的でない方法で。そういう意味では、従来の活動家がとってきた誰かを非難するやり方は、全く不適切なのです」

トランジション手引書を読み将来に備え、近所の人々にも声をかけてみるのも良いかもしれない。

トランジション映画のプレミアを見よう!

ネットワークの映画『イン・トランジション』のオンライン・プレミアは、2009年5月23日土曜日に開催されます。

Creative Commons License
世界の次なる 息づかい by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.
Based on a work at http://ourworld.unu.edu/en/the-worlds-next-breath/.

著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。