ブレンダン・バレット
ロイヤルメルボルン工科大学ブレンダン・バレットは、東京にある国連大学サステイナビリティ高等研究所の客員研究員であり、ロイヤルメルボルン工科大学 (RMIT) の特別研究員である。民間部門、大学・研究機関、国際機関での職歴がある。ウェブと情報テクノロジーを駆使し、環境と人間安全保障の問題に関する情報伝達や講義、また研究をおこなっている。RMITに加わる前は、国連機関である国連環境計画と国連大学で、約20年にわたり勤務した。
メキシコ湾で起きたBPの原油流出事故で、多くの人は膨大な量の石油が地中に存在すると思ったかもしれない。その理解はある意味正しいのだが、問題は世界に残存する石油は掘削に途方もなくお金のかかる場所に埋蔵されているということ。
例えば、メキシコ湾の石油掘削基地ディープウォーター・ホライズンの浮動掘削リグは最大深さ2.4kmの水中で稼働し、9km掘り下げることが可能である。計画通りに事が進めば非常に優れた技術的功績だ。しかし、ひとたび何かが起きればそれは悪夢へと変わる。2ヶ月前の事故のように、環境が回復するには何十年もかかるような事態を招くのだ。
この事故は、完全に石油に依存している世界経済へ警鐘を鳴らすきっかけとなるべきだ。経済成長を促す燃料として頼ってきた石油に別れを告げ、密接な関係を断つ時が来たのである。石油は貴重な資源だ。今日のように無駄に消費するわけにはいかない。
しかし、ほとんどの人がこの現実を知らない、もしくは否定している。各国の指導者達においては、輸入石油への依存を止め石油エネルギー安全保障を強化する必要性について間接的に問題を取り上げるのがせいぜいである。そこで効果を上げるため、米国のテレビ番組ザ・デイリー・ショーの司会ジョン・スチュワート氏は、過去に就任した8人の大統領が持ち出した出来もしない計画や、エネルギーが保障された未来を約束するような彼らの口先だけの発言をパロディー形式で取り上げた。
それでは、なぜ人々は気づいていないのか?誤った情報が伝えられているのか?皮肉な事に、BPは石油流出事故を適切に対処できず信用は失墜したにも関わらず、世界のエネルギー状況を知るための確かな情報源として私たちはBPに信頼を寄せている。BPが発行した2010年度世界のエネルギー状況の報告によると、経済不況のさなかだったので見当がつくとは思うが、2008年から2009年にかけて世界の石油消費は1日に120万バレル、率にすると1.7%減少している。
この貴重な資源を将来の世代へ残すことが目標であれば、この報告は比較的いい知らせではないだろうか?将来の世代とまではいかないかもしれないが、現在の速度で消費が進めば少なくともあと40年間は持ちこたえるだろう。しかし、太陽光エネルギー事業の企業家であるガーディアン紙のジェレミー・レゲット氏は、私たちには今後40年間分の石油が残されているというBPの主張について”危険な自己満足”であると非難している。
BP(社名だけでなく、Beyond Petroleum(石油を超越)キャンペーンの頭文字も表現しているのかもしれない)や他の大手石油企業が受け入れたくない新たな現実がある。石油危機やエネルギー危機としてよく取りざたされるピークオイルの問題である。
石油業界をリタイヤした地質学者やエンジニア達だけがピークオイルを議論していた日々はとうに去った。今では主だった機関がピークオイルを真剣に受け止め、結果として人類が直面する大きな課題を認識する傾向が年々増しているようだ。
その良い例がUnited Kingdom Industry Task Force(英国産業タスクフォース)が2010年2月に発表した報告書。石油危機は今後5年の間に訪れると論じている。タスクフォースには、Arup、Foster + Partners、Scottish and Southern Energy、Solarcentury、Stagecoach Group、そして、リチャード・ブランソン会長率いるVirginの6社も名を連ねる。
供給不足により起こる石油危機は現在の信用危機よりも甚大な影響をイギリス経済に及ぼす。6社は揃ってそのように主張し、イギリス政府に対し2010年の選挙後にはピークオイル問題を最優先課題として取り組むよう要請したが、残念なことにまだ実行されてはいない。また、リチャード・ブランソン会長だけがピークオイルに関して率直な意見を述べている唯一の国際的ビジネスリーダーであるという点もさらなる不運かもしれない。
その1カ月後に、今度はデイビッド・キング卿(元イギリス政府就任研究員)が共著者として発表したオックスフォード大学の記事が、現在の石油埋蔵量は”1兆1,500億~1兆3,500億バレルという数字から、8,500億~9,000億バレルへと下方修正”するべきであると述べるとともに、”早ければ2014年には石油の需要が供給を上回る”と論じた。
偶然にも、そのわずか数日前にはクウェート大学の研究者がモデリング研究の結果を発表し、予測では世界の石油生産は2014年にピークを迎える、と指摘していた。
これらの発表や研究結果は英国エネルギー研究センターが世界的石油枯渇に関して2009年に発表した”世界の石油生産は2020年より前にピークを迎える危険性が非常に大きい”という報告内容をさらに正当化するものだ。
私たちには本当に僅かな時間しか残されていないのである。
石油の先行きに対して以前から楽観的で強気な姿勢を見せている機関は数多くある。その中で国際エネルギー機関(IEA)は最近になり逆の立場をとるようになった。過去数年に渡りIEAは2030年の時点で利用が可能であろう石油量の見通しを徐々減少させてきた。2004年度には日量1億2,300万バレルとしていた予測を、5年間で大幅に見直し2009年度には日量1億300万バレルへと下方修正したのだ。
また、IEAチーフ・エコノミストであるフェイス・ビロル氏は2008年に行われたジョージ・モンビオ氏とのインタビューで石油生産量が2020年前後にピークを迎える可能性があることを初めて公然と語った。この発言が深刻な警鐘として受け止められれば良かったのに、なぜか私たちはまるで夢遊病者のように大惨事となりうる事態に向けて歩き続けてしまった。
アメリカではエネルギー情報局(EIA)がピークオイル問題の懸念にも動じない姿勢を今年までは見せていたようだ。しかし、Energy Bulletin誌のスティーブン・コピット氏によると、2010年度版International Energy Outlook(国際エネルギー展望)は石油の供給量は豊富であるとした前回の報告内容を、生産量は今後10年間低迷するという新たな予測に変更したという。「EIAは2020年までの石油供給は基本的に横ばいで推移すると見込んでいる。供給は現在の日量8,600万バレルから徐々に増え、2020年には日量およそ9,200万バレルに達する見通しだが、それでも大した伸びにはならない」とコピット氏は述べる。
むしろより悲観的ともいえるこの予測の見直しは新しい現象であり、近い将来起こるであろう一段と悪い事態に対し私たちが備えていることを示唆している。
しかし、ロイズ保険と英国王立国際問題研究所であるChatham Houseが2010年6月に持続的エネルギー安全保障と題して発行した白書など、意外な方面で動きが見られることは明るい材料である。Transition Culture(移行文化)サイトを運営するロブ・ホプキンス氏は白書について、不安定な化石燃料市場に対応すると同時に低炭素経済へ移行する準備が企業に必要であると認識しており、“衝撃的で実に驚くべき結論”が述べられている、と語る。
白書は石油の供給危機は短中期的に起こり、今日執り行われているビジネスに深刻な結果を招くと論じている。この指摘は、企業に対し”国際的サプライチェーンやジャスト・イン・タイム方式を早急に見直し、エネルギー供給の混乱に備えた物流面での弾力性強化を促進”させるものだ。
この問題に関しては確かに政府不在ではあるが、指針や方策を実行に移し必要な投資条件やインセンティブを作成する上で政府には重要な役割があると白書では述べられている。
差し迫るピークオイル問題に懸念が高まっているにも関わらず、各国の指導者達は明らかにこの事態を対処できないでいる。この問題は今のところG20の検討課題にもなっていなければ国連総会の議題に上っているわけでもない。
概して、ピークオイルの影響に関しては学術界もわずかな関心しか払っていないのだが、オックスフォード大学で政治学を教えるヨーグ・フリードリッヒ教授は例外である。教授は最近の著書でピークオイルのシナリオに対し、世界各国でどのような反応が起きるのかを分析している。
フリードリッヒ教授は最近のインタビューで、自身の論文Global energy crunch: how different parts of the world would react to a peak oil scenario(世界的エネルギー危機:ピークオイルのシナリオに各国はいかに対応するのか)が発表受け入れられ、発表にこぎ着けるまでに11誌から掲載を拒否されたいきさつを語り、拒否された理由を次のように説明してくれた。
「社会科学の分野にいる私の同僚達はこの問題と向き合う準備が(まだ)出来ていません。深刻な問題を検討するより、学問として模擬的に問題を扱う方を選ぶ者がほとんどです。冷戦終結時や昨今の金融危機においてもそうであったように、恐らく今回も社会科学者の優れた分析は事が起こった後にならないと出てこないでしょう」
国レベルで石油供給に混乱が生じた様々な歴史的前例を考察したフリードリッヒ教授は、考えられる”ピークオイルの軌跡”を3つ挙げた。(1)太平洋戦争前とその最中の日本の侵略的軍国主義、(2)冷戦終結時とその後の北朝鮮における全体主義体制下の経費節減、(3)国際的制裁への反応として見られたキューバにおける社会経済への適応。
教授の出した結論は非常に衝撃的で思考を挑発するものだ。
「代用燃料となりうる組み合わせが見つかり代替技術の開発が間に合えば、ピークオイルの影響を緩和し世界のエネルギー消費の減退をしばらくは先延ばしできるでしょう。しかし、先送りしても時を改めてまた問題は起きるのです。有限の地球で無限に続く成長など不可能なのです。産業社会も自由貿易も、いつかは崩壊し始めるでしょう」
「考えてみてもそのような世界は居心地良いわけがありません。気候変動の最悪の影響を避けるために多少抑制されようと、私たちの多くは化石燃料による産業社会が衰退することなく続くほうがよいと考えているのです。しかし、世界的エネルギー危機という事態を望まないにしても、ピークオイル問題を深刻に受け止めないのは完全に無分別です」
そろそろピークオイルを真剣に考え始める時期ではないだろうか?
翻訳:浜井華子
BPとピークオイル:続く石油への誇大妄想 by ブレンダン・バレット is licensed under a Creative Commons Attribution-NoDerivs 3.0 Unported License.