しくみ解明:カナダのオイルサンド

石油生産のピークオイル論が注目度を高めるなか、カナダのオイルサンドの話はすでに聞いたことがあるのではないだろうか。都市部から遠く離れた広大な森林地帯が根こそぎ掘り起こされ、ビチューメンと呼ばれる粘度の高い原油の採掘が行われている。カナダの大規模な鉱床は多くがアルバータ州西部に存在し、イギリスの国土を上回るほどのその面積は140,000平方キロメートル以上に及ぶ。

リチャード・ハインバーグ氏の最近のレポート、「奇跡を探して」によると、オイルサンドが従来の石油に勝る理由はただ2つ。(1)膨大な残存量があること、(2)カナダが地政学的に最大の石油輸入国であるアメリカに近く友好的であること。

「湿地帯は消失する。川の進路が変わり、森林から木々や植物が一本残らず消失する。地球上で最も甚大な汚染と大量の炭素排出を伴うプロセス」International Boreal Forest Conservation (国際北方林保護)はオイルサンドの採掘と精製についてこのように述べている。これを受けて、モード・バーロー国連特別顧問はカナダのオイルサンド開発の景観をトールキンの著書『指輪物語』に登場する国、モルドールに例えた。

歴史的にみると、ビチューメンの原料はもともとクリー族やデネ族といった先住民がカヌーの防水に使っていた。18世紀初頭、ヨーロッパの毛皮商が初めてその資源を発見し、間もなくカナダへの入植者が成分の分離や品質改良の技術実験を始める。1967年になり、ようやく商業的採算が見込めるオイルサンド工場、Great Canadian Oil Sands社(現在のSuncor社)が設立され、分離プロセスには界面活性剤が使用された。

現在では、その規模は拡大し技術も大きく進化した。物議を醸すこの問題の意味と要因を考える前に、オイルサンドから燃料を抽出する複雑なプロセスの概略を説明しよう。

オイルサンドから石油を抽出する方法

• まず掘削される湿地帯全域から水を抜き、川があればその進路を変える。
• 木々やピートモスといたコケ類、土壌をブルドーザーで取り除き、砂質の堆積物を露出させる。これにより、掘削される土地の野生生物は死滅もしくは生息地を追われる。
• タールがしみ込んだ一番上の層は大型蒸気ショベルですくい取り、数百万ドルもするような巨大ダンプカーに載せ、抽出工場へ運ぶ。ちなみに蒸気ショベル一台が一日に燃焼するディーゼルエンジンの量は16,000リッター(4,200ガロン)、ダンプカー一台の重さはボーイング747型航空機の重量を40%も上回る。
• その後、オイルサンドは非常に高い温度で処理され、極めて濃度の高いビチューメンを大量の水と天然ガスを用いて分離させる。混ざりものが多く、粘度が高すぎて流れないため、石油精製所へパイプラインを通して運ぶための前工程として、「改良」を施す。
• しかし、このような方法ですくい取ることが可能な浅い部分にあるオイルサンドはわずか20%ほどである。地下100メートル(328フィート)以上の深さに溜まったものは露天掘りで採掘できない。その代わりに538℃(華氏1,000度)という高温の蒸気をオイルサンドに注入し、ビチューメンの粘度を下げ、液体として流出させる。そしてポンプで表面まで汲み上げ、前工程を済ませる。
• 原油を穴から掘削するか、その場で生産するかに関わらず、ガソリンやジェット燃料など利用可能な石油製品に転換させるためには、その後の工程として精製所での処理が必要である。

甚大な影響

上記の大まかな説明からでもわかる通り、オイルサンド開発が環境と社会に与える影響を手短な記事にまとめるには事が壮大すぎる。そこで、実例や詳細情報は下記をご覧いただきたい。

環境破壊

カナダ人にとっても我々にとっても、広大なオイルサンド地帯がどのようなものか想像するのは難しいことだろう。グリーンピースが新しく制作したPetropolis(ペトロポリス)という映画は、主にヘリコプターから撮影した映像だが、これまで目にしたなかでは最も驚くべき景観を映し出している。この記事に出てくる写真(このページ上部のカメラマークのアイコンからご覧下さい)はPetropolisの許諾を得て使用している。

オイルサンド地帯には北方林の森が幾つもある。これらを皆伐することは、これから先の二酸化炭素吸収源を失うことであり、蓄積された何百万トンにも及ぶ二酸化炭素を大気中に放出させてしまうということだ。

健康と水の枯渇

前述の通り、オイルサンドの生産は大量の水を要する(石油1バレルの生産に4バレルの水を使う)。さらに、尾鉱池(ビチューメンを前工程で処理した後に余った鉱物が流れ込んだ有毒な池)は健康に害を与え、環境を脅かしている。この汚泥に含まれる発がん性の汚染物質は、地下水系を通って周辺の土壌や地表水に漏れ出すのである。

H2Oilという別の映画は登場人物主導で展開するドキュメンタリーで、害を被る人々やアルバータ州の水をタールサンドの拡大から守ろうとする人々、そして彼らが直面する悲痛な思いや政治問題化を取り上げている。

先住民の権利

アルバータ州は44の北米先住民族の生地である。その多くはオイルサンド開発により影響を受け、土地権利問題、健康問題、生計を失うなど様々な被害を受けている

その一例がビーバー湖クリー族による法的な意義申し立てである。タールサンド採取のブームが彼らの狩猟の漁業の場を破壊しているという主張だ。クリー族はカリブー、ヘラジカ、ムース、鹿、その他の動物の減少、病気への感染、水汚染による水産資源への被害、伝統的薬草の危機的状況などを目の当たりにしてきたのだ。

富への執着

あらゆる影響を及ぼし、その生産過程では従来の原油生産をはるかに上回る量の温室効果ガスを排出しているにもかかわらず、それでもなおカナダの「黒油」開発は続く。シェル社はオイルサンド事業で排出する温室効果ガスが従来の生産より15%多いことを認め、その量は75%にまで増加すると予測している。(より多くのデータとライフサイクル分析の必要性を喚起しなければいけないのはそのためだ)

オイルサンドから石油を得ることは確かに高くつく。しかし、先細る石油供給と増加の一途をたどる世界の需要が渦巻くこの世の中、安い石油は過去の遺物であり、石油中毒の人々は気にも留めない様子だ

実際、国際エネルギー機関が最近発表した世界エネルギーアウトルック2009年度報告書では、カナダのオイルサンド生産の長期成長が見込まれ、2030年までには1日当たり500万バレルの生産量に達すると報告している。しかしハインバーグ氏は「奇跡を探して」の中で「生産をこのレベルまで拡大すれば環境コストは目もくらむ額に及ぶだろう」と述べている。

カナダのオイルサンドは海外(特にアメリカ)の民間エネルギー企業にとっては絶好の投資対象となる。それには「迎合的な受け入れ政府が荒廃した土地から利益を絞り取る」ことを許可してくれる必要がある。これについてはジェフ ルービン元カナダ・コマース銀行主席エコノミスト兼主席ストラテジストが著書Why Your World Is About to Get a Whole Lot Smaller(なぜ世界は小さくなってゆくのか)の中で世界の石油市場の現状について端的に説明している。

「我々はカナダがアメリカのエネルギー安全保障の屋台骨であると考えています」カナダ駐在のアメリカ大使は最近アルバータ州を訪問した際に発言した。アルバータ州政府も連邦政府も、カナダのエネルギー輸出のほぼ総量を消費する重要な顧客である経済大国の受け入れに消極的になる訳がない。

「正直なところ、オイルサンド事業における環境対策はもっときちんと行わなければいけません。それについて多くの要求を耳にします」スティーブン・ハーパー・カナダ首相は語った。「と同時に、こういった開発は北米のエネルギー安全保障において非常に重要であるというのが我々の考えです」

つまり、石油企業が大量排出削減努力を主張したにもかかわらず、オイルサンドからの温室効果ガス排出が急上昇し続ける可能性は非常に高いと思われる。石油価格が高騰し始める中、オイルサンド開発拡大は間近に迫っている。カナダ政府は気候変動対策法案の通過に遅れを取った。その代わり、温室効果ガスの高排出者にはその排出量に応じて上限を設け、オイルサンド産業における二酸化炭素の収集と貯蔵を実施する政策を2007年に発表した。しかしこの製作は環境活動家からは「役立たず」とみなされ、自国の環境委員からさえも批判を浴び、今年初めに棄却されたまま、まだ代替え案はない。

「現在、カナダは事実上アメリカがどのような気候変動政策打ち出すのか待っているところです」受賞歴のあるカナダ人ジャーナリストで作家でもあるアンドリュー ニキフォラク氏は我々に送ったe-mailでこのように述べた。彼の著書、タールサンド:黒油と大陸の未来のなかでニキフォラク氏は現状を容赦なく描写した:

「これまでどおりのビジネス感覚でタールサンド事業を行えば、カナダは永遠に変わってしまう。ひとにぎりの大企業には潤いをもたらすだろう。しかし、経済の空洞化、世界で3番目の大きさを誇る水源の破壊、アルバータ州の1/4近い土地の工業化、カナダ最後の天然ガス供給を使い果たし、そしてカナダの統治権を崩壊させることになるだろう」

クリーンで再生可能なエネルギーを開発し、南隣の大国に輸出する。カナダにとって、そのような強みを持つことに注力するのは今がいいタイミングなのではないだろうか?

翻訳:浜井華子

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しくみ解明:カナダのオイルサンド by キャロル・スミス is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

キャロル・スミスは環境保護に強い関心を寄せるジャーナリスト。グローバル規模の問題に公平かつ持続可能なソリューションを探るうえでより多くの人たちに参加してもらうには、入手しやすい方法で前向きに情報を示すことがカギになると考えている。カナダ、モントリオール出身のキャロルは東京在住中の2008年に国連大学メディアセンターの一員となり、現在はカナダのバンクーバーから引き続き同センターの業務に協力している。