問題意識から 問題解決へ

近年、数多くの報告書、ドキュメンタリー、イベントなどを通じて、気候変動問題は社会に広く浸透してきた。スターン報告、気候変動に関する政府間パネルの第4次評価報告書、不都合な真実、バリで開催された気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)が、多くのマスコミの注目を浴びたのは我々の記憶に新しい。

また、度重なる自然災害の被害も忘れてはならない。ハリケーン・カトリーナは、自然災害と気候変動の関連性の議論のきっかけとなり、大きく取り沙汰された。

2007年は気候変動をめぐる人々の意識が高まった1年であった。グーグルにキーワード「気候変動」を入力すると、この単語の検索数やニュース報道数が2007年に大きく伸びているのがわかる。このことから、人々が今までよりもさらに気候変動に関する情報を求めていることがうかがえる。

意識と行動の格差

しかし残念なことに、気候変動を認識している人々と、実際に解決のために行動している人々の割合に大きな格差がある。エール大学のアンソニー・ライセロヴィッツ氏の最近の研究によると、アメリカ人の92%が気候変動問題を認識しているが、彼らにとって温暖化問題は他の問題に比べ優先順位が低く、緊急性に欠けているとの結果が出ている。

このような温暖化問題に対する意識と行動の格差が生まれた背景には、非効率的コミュニケーション法が挙げられる。恐怖感を抱かせる、道徳的教え、情報提供などの従来の方法では、環境に配慮した行動を促進するには不十分だ。このようなアプローチでは、人々が温暖化そのものを否定したり、多大な不安を抱くなどの、望ましくない効果をもたらしてしまう。

従って、環境意識と行動のキャップを埋めるための代替法が必要となってくる。

図 環境意識の向上から行動への移行プロセス

図 環境意識の向上から行動への移行プロセス

コミュニケーションプロセス

この図が示すように、気候変動に関する情報が個人に伝えられると、そこに意識が芽生え、理解することができるようになる。さらに、気候変動に対し責任感を抱くようになれば、個人の態度にも変化が見られるだろう。しかし、態度の変化が必ずしも前向きな行動を促すとは限らない。

前向きな行動変化をもたらすためには、温暖化問題の緊急性を明らかにし、個人レベルで行動する意欲を刺激しなければならない。個人レベルでの努力が温暖化対策につながるとする意識が、自ら行動しようとする我々の意欲を高めることとなる。

従って、意識と行動の格差を埋めるには、個人の行動変化を引き出すようなコミュニケーション法を用いることが重要である。

日本の実例

日本の環境省のチーム・マイナス6%による気候変動に関する意識向上キャンペーンでは、実に多くの国民が環境に配慮したライフスタイルの実践に参加している。このチームのウェブサイトによると、キャンペーンの参加者は230万2513人、参加企業は2万1795社に及ぶという。

この日本の成功例を受けて、ニューヨークの国連本部でもこの夏、クール国連キャンペーンを導入した。

成功の秘訣

チーム・マイナス6%のキャンペーンは、次のような想像力に富むコミュニケーション技術を用いて、環境配慮行動を促している。

○地球温暖化を地域レベルで考える
個人レベルでの環境配慮行動を促進するためには、地域レベルでのコミュニケーションが必要だ。温暖化問題は地球規模の問題だが、我々の住む地域でもその影響を受けており、地域レベルで行動を起こすことができる。

○わかりやすく、見て感じることができるやり方
気候変動に関する意識向上プログラムの大半は、より多くの、より細かな科学的情報を供給しようとしているにすぎない。しかし、そのような科学的情報は、一般市民には難しすぎて十分に理解しづらく、行動変化に反映されていない。人々が想像し理解しやすいやり方で、わかりやすいメッセージを送らなければならない。

○例を使って導く
チーム・マイナス6%の設立の際、日本首相と内閣メンバーが中心となり、政府の強いコミットメントを示した。これにより、行動の必要性が強調され、さらには政府の決定や政策の成り行きを伺うのが常である企業にも影響を与えることとなった。同様に、クール国連キャンペーンも、温暖化問題を解決するため世界を導こうとする国連の決意を示している。

○チーム力で実現する
地球規模の諸問題を前にして、我々個人の力は限られていると思い込みがちだ。そこで、気候変動に関するコミュニケーション法では、一人一人の力を結集しチームワークで臨む姿勢を打ち出す必要がある。それは、家族や近所、親戚、同僚、友人の努力が合わさって、大きな力を持てるという自覚を植え付けることで実現できる。

○外部の影響力を活用する
大規模なコミュニケーションキャンペーンは、多くの市民にそのメッセージを届けなければならないが、そのためには莫大な資源と努力が必要となる。そこで、チーム・マイナス6%は最大限の効果を得るため、メディアや企業などの外部の影響力を活用し、その連鎖効果を適応した。

○簡単でスタイリッシュな実践したいライフスタイル
人々が自らのライフスタイルを変えるモチベーションを高めるため、クールビズではCO2削減を要求するよりも、人々のニーズを対象としている。チーム・マイナス6%は、一般市民が積極的にCO2削減に取り組めるよう、主に5つの点を挙げている。

・簡単である
・お金の節約になる
・心地よい
・カッコいい/トレンディーである
・便利である

○文化的・社会的価値を取り入れる
環境配慮行動の実践に向けたメッセージは、慣れ親しんだ価値観や、周辺の環境、社会、家族などと関連付けると受け入れやすくなるものだ。CO2排出量削減に貢献する伝統的な知識や慣習は、日本において有効な手段であることが証明されている。

次のステップ、更なる変化

地球温暖化との闘いにおいて、社会の認識が重要な鍵となる。チーム・マイナス6%が用いた画期的なコミュニケーション方法は、有効な模範となるだろう。

イニシアチブの目標が明確で、模範となるリーダーシップがあり、チーム力が明白に示され、メディアなどの影響力を用い、文化的・社会的価値を盛り込まなければ、キャンペーンは成功しない。そして最終的に、イニシアチブは一般市民にとってわかりやすく、魅力あるものでなくてはならない。

今日、貸し渋りや経済低迷が注目を浴びる中、温暖化問題への人々の関心が薄れてしまう危機が現実になりつつある。確かに、金融危機は国際経済を脅かしているが、気候変動や地球生態系の破壊がもたらす脅威はそれをはるかに超えており、地球規模の一層の努力を必要としている。

今後は、経済回復とCO2排出量削減を同時に実現できるアプローチが重要である。有効なコミュニケーション術を用いれば、温暖化に対して何らかの行動をとろうとする社会的機運を維持できるだろう。

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問題意識から 問題解決へ by チュン・ニー・タン is licensed under a Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 3.0 Unported License.

著者

チュン・ニー・タンはグローバル環境情報センターの国連大学プロジェクトコーディネーターです。

プトラマレーシア大学・環境科学の大学院生だった1997年から、地球観測に携わるようになりました。GIS、遠隔測定の修士号取得後、GISエンジニアとしてESRIマレーシアに勤務。

長崎大学で衛星海洋学の博士号を取得した後、2006年に国連大学に加わりました。

研究関心分野は遠隔観測、気候変動、災害管理、自治体強化など。東南アジア地域の若い科学者たちに、衛星写真、研修、アドバイスなど積極的に提供しています。

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