食料価格高騰の陰に米投資家

今年も食料価格が記録的な高騰を見せている。セレス女神の彫刻像を最上部に掲げる、高さ約200メートルのシカゴの超高層ビルで行われる取引に、人々は厳しい監視の目を向けている。

この場所こそ、1848年に世界初の商品先物、オプションの取引所であるシカゴ商品取引所(CBOT)が設立されたところだ。そしてアメリカ中西部を開拓した穀倉地帯を支えてきた。現在でも、農産物の国際価格はここで決定されている。

「商品市場は激しく変動します。今年の北半球での作物生育期の気候はひどいものでした。ヨーロッパと中国では干ばつが起こり、アメリカでは竜巻と洪水が起こったためです。まだパニックを起こすほどではありませんが、たとえばロシアなどで新たに作物に被害が出れば、市場での不安は広がりパニックが生じるでしょう。あと1つ災害が起これば、パニックです」先月、ある日の取引開始の際、シカゴで最も信頼されている商品調査会社アグリソースのダン・バッセ社長はこのように警告した。

6月22日、食の安全と価格について議論するためG20の農相がパリに集結する。投機的活動と、それをいかに抑えるかが重要な議題のひとつである。2008年に世界中で食料価格高騰による暴動が勃発して以降、白熱した議論が続いている。2003年以降に商品市場に投入された新たな投機マネーが価格高騰の原因なのか、もしそうならば、どう規制すべきか。

トレーディングフロア

シカゴでは、取引が始まる直前のトレーダーたちは、外でタバコを立て続けに吸い、マクドナルドの特大サイズのコーヒーを飲みながら、戦いに備えている。かつてはフロアで目立つようブレザーを着用していたものだが、今ではフロアの活気と暑さに対応するため、明るい色のメッシュジャケットに様変わりしている。足元は動きやすいようトレーニングシューズだ。

取引開始を告げるベルが鳴ると、フロアは途端にけたたましくなる。トレーダーは大声をあげて大きく身振り手振りで合図を送る。手のひらを外に向ければ売り、内に向ければ買いの合図だ。「スキャルパー」と呼ばれる、ほんの数秒で売買を行う者もいれば、証券会社の売買注文処理担当の「場立ち」もおり、何百人もが注文を受けて走り回っている。5月末にはトウモロコシの値段がまた上がった。ほとんどのトレーダーやアナリストは、他の商品同様、この値段は今後も上がり続けると見ている。

バッセ氏は、現在のファンダメンタルズ、つまり、供給と急増する世界的需要の深刻なアンバランスが、今年の価格高騰を招いていると考える1人だ。

世界の畜産とバイオ燃料の需要増加を考えれば、農産物商品の相場上昇の原因は明らかでしょう。” author=”商品調査会社アグリソースのダン・バッセ社長

「投機が問題なのであれば、それを指摘し、修正することは簡単です。2008年は価格が高い上に多くのお金が市場に流れ込んだため、価格高騰が起きたのかもしれませんが、今日では投機が大きな影響を及ぼしているとは思えません」とバッセ氏は話す。

「世界の畜産とバイオ燃料の需要増加を考えれば、農産物商品の相場上昇の原因は明らかでしょう」

今後の問題

バッセ氏は今後の暗い見通しについて語った。世界は、「株価を安定させておくためだけ」でも、毎年新たに1030万ヘクタールの食料生産用の耕作地が必要だと計算している。とはいえ、開拓できる土地は環境的に脆弱な場所しか残されていないため、それは非常に難しいという。

自身もGM(遺伝子組み換え)作物を扱う「週末農家」であるバッセ氏は、いわゆるバイオ種が収穫を大いに増やすだろうという見込みは幻に終わったと言う。GM作物に対する「スーパーウィード」(除草剤の効かない雑草)の出現が著しいため、アメリカの農家は(GM種を使い、土を耕さず、除草剤を散布するだけの栽培ではなく)、伝統的な栽培に戻らなければならないかもしれないという。しかし、そうするだけの能力がないのだ。

バッセ氏が懸念しているのは、GM作物に対する「スーパーウィード」(除草剤の効かない雑草)の出現が著しいため、アメリカの農家は伝統的な栽培に戻らなければならないが、そうするだけの能力がない点だ。

バッセ氏によると、ヨーロッパも、近いうちに動物飼料としてGM作物輸入禁止を廃止せざるを得ない。干ばつで穀物に打撃を受けたため、非GM作物の唯一の大手供給国ブラジルに頼りたいところだが、中国がすでにブラジルの収穫の多くを購入してしまった。アメリカとヨーロッパでのバイオ燃料促進政策は持続可能とはいえない。

CBOTの親会社、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)も、農産物商品への投機が食料価格の高騰の原因であるという考えには否定的だ。

農民や農作物加工業者は、凶作などのリクスヘッジのためにシカゴのような商品取引所を活用してきた。リスクを好む投機家は市場の流動性に大きく寄与している。しかし、最近の投機の増加の多くは、銀行が発案し投資家に売られる新たな「ストラクチャード・プロダクト」が原因だ。

10年に渡る投機

アメリカの銀行は強力なロビー活動を行い、2000年に商品市場の規制緩和を勝ち取り、このような新たな商品を開発した。ゴールドマン・サックスは商品指標連動型ファンドを開発し、これにより投資家は主要な農業商品を含めた商品価格のスプレッド(価格差)の変動を捉えられるようになった。

2003年から2008年にかけて、商品指標連動型ファンドへの投資は130億ドルから3170億ドル(1930億ポンド)に上った。CMEの商品開発担当のフレッド・シーモン氏は「現在の価格高騰やボラティリティ(価格変動率)増加の原因が、指標ファンドや特定のトレーダーグループにあると示す信頼できる証拠はありません。関連性はあるかもしれませんが、それはまた別の話です」

CMEは投機の量が問題なのではないと主張する。農産物商品市場の全体的な構成は変わっていないからだ。指標連動型ファンドによる活動増加の背景には、現物の農作物に直接利害関係のある業者の取引増加がある」

2003年から2008年にかけて、商品指標連動型ファンドへの投資は130億ドルから3170億ドル(1930億ポンド)に上った。

「その意見には賛同できません」 Quiddityのシカゴのヘッジファンドマネージャー、マーク・ニューウェル氏は反論する。彼と、もう1人のヘッジファンドマネージャー、マイク・マスターズ氏はアメリカ上院が2008年に食料価格に対する投機の影響について調査している際、供述書を提出した。

「数百億ドルもの資本が農作物商品市場のような小さな市場に投入されれば、当然ボラティリティは増加し、価格はつりあげられます。食料やエネルギーの値段が上がるのは、不動産の場合とは事情が異なります。食料の値段が倍になれば、人々は飢えてしまうのです」マスターズ氏はこのように語った。

再規制が必要?

食の権利に関する国連特別報告者オリビエ・ド・スキュテール氏もマスターズ氏の側の意見だ。昨年末、彼は投機バブルが食料価格の高騰の主要な原因だと主張している。
一方、OECDの研究では関連性が見つかっていない。オックスファム(OXFAM)やクリスチャン・エイド(Christian Aid)などの支援団体は再規制を要求している。

アメリカでは、規制を行う商品先物取引委員会が7月までに商品市場の新たなフレームワークを国会に提出しなければならない。トレーダーの持ち高の上限を設定し、現在規制のない商品指標ファンド取引に規制を設けようとするものだ。今は「カウンター越しに」、すなわち、投資家間、企業間で自由に取引が行われているのだ。だが金融業界は改革に抵抗を示している。G20に集まる首脳たちも、まもなくそれぞれの立場を決めなければならない。

ニューウェル氏は、対策が行われなければ、価格は上がり続けると確信している。ファンダメンタルズも理由の1つだが、2008年と同様、「再びゲームは始まった」からだ。

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この記事は2011年6月2日木曜日にguardian.co.ukで公表したものです。

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著者

フェリシティ・ローレンス氏はガーディアン紙の特派員であり、食料ビジネスの内情を暴いたベストセラー「Not on the Label」、「Eat Your Heart Out」の著者である。