伝統的知識のさらなる理解と認識を築き、先住民族や地域社会や政策決定者による取り組みを伝えるため、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)は2007年、伝統的知識イニシアチブを発足させた。このイニシアチブは先住民族の現在の慣習と長年培われてきた知識の活用を研究している。広く行き渡った開発手段があまりに多くの問題を引き起こしてきた世界にとって、イニシアチブの研究は極めて重要である。実際、現代社会は過去の先住民族社会から、資源の効率的な活用方法や廃棄物の管理システムの向上方法に関する価値ある洞察と教訓を学ぶことができ、また、そうすべきである。
2000年から2050年の間に、世界の人口は50%、世界の経済活動は500%、世界のエネルギーおよび資源利用は300%、増加すると予測されている。こうした傾向は、すでに著しい負荷を掛けられている地球の資源と環境にさらなる圧力を掛けるだろう。1992年の地球サミットの会期中、世界のリーダーたちは「地球環境の絶え間ない劣化を引き起こす主な原因は、物資の製造と消費と廃棄が着実に増加していることだ」と宣言した。リオ+20は、持続可能な開発と貧困の根絶を背景としたグリーン経済政策が持続的かつ包括的な経済成長を促進し、持続可能な消費および生産形態を助長するのだと断言した。
資源利用と廃棄物管理は、先進国と開発途上国では大きく異なる傾向がある。ある人物や社会が豊かであればあるほど、消費される資源や生み出される廃棄物(固形および液状)は多くなる。従って、先進国は開発途上国よりも多くのエネルギーや水や金属やプラスチックなどを消費する。2012年の世界銀行のデータによると、アメリカの平均的な居住者が1日に出す廃棄物は3.5キロだが、一部のアフリカの都市居住者の場合、1日1人当たり200グラム未満である。
先進諸国における廃棄物発生率は安定化あるいは緩やかな増加の傾向を示している。この傾向は、先進諸国の経済システムの成熟を反映すると同時に、人口の緩やかな増加あるいは減少も反映している。先進諸国は、経済成長がそのまま廃棄物の増加につながらないようにするため、資源効率性の向上や、廃棄の予防、再利用やリサイクリングを最大限に活用する取り組みを実施している。
一方、開発途上諸国では、経済成長と都市化によって廃棄物発生率が急速に増加している。世界銀行によると、廃棄物発生率の増加スピードは近い将来、アフリカとアジアで最も急速になる。例えば、今後20年間でサハラ以南のアフリカから排出される廃棄物は3倍になる見込みだ。中国は2004年にアメリカを追い抜き、現在、世界最大の固形廃棄物の排出国である。
開発途上諸国の多くの都市では、廃棄物の回収や廃棄の適切なシステムを国民に提供することが今でも困難である。その結果、大気や水や土壌が汚染され、公衆衛生には負の影響が及んでいる。しかし適切な廃棄物管理は、雇用機会を創出し、社会のエコロジカルフットプリントを削減することができる。従って固形廃棄物に関する政策は、廃棄物の発生を最低限にし、廃棄物資の再利用とリサイクリングを最大限に活用することを目指すべきである。
技術革新が現代の廃棄物問題に対する回答として見られることは多い。しかし、例えばメキシコのアステカ族のような、偉大な古代社会が活用していた歴史的手法から、私たちは何を学ぶことができるだろうか? アステカ族の廃棄物管理や資源利用のような過去のシステムは、現代の世界にどのような関連性を持つだろうか?
アステカ族の起源と隆盛
アステカ族はもともと、メキシコ北部あるいはアメリカ南西部の乾燥地帯から来た遊牧民で、狩猟採集生活を営んでいた。彼らは南へ移動すると、メキシコ中央部で温暖な気候と豊富な水を発見した(同地域には14世紀、連結した5つの湖が存在していた)。伝説によると、アステカ族は神官の夢に導かれたとされている。夢の中で神は人々に、ウチワサボテンの上にとまったワシがヘビを食べている場所に定住するように伝えた。伝説では、人々がその場所を湖の1つに浮かぶ小島で発見したとされており、その場所に1325年、今日のメキシコシティとなるテノチティトランが築かれた。
テノチティトラン建造にまつわる伝説を描写したメンドーサ絵文書の1ページ。サボテンの上にとまったワシがヘビを食べている場所が偉大な都市を築く運命の地であり、その地を見つけるだろうと、ある予言者が放浪していた部族に伝えた。アステカ族はこの光景を、当時テスココ湖に浮かんでいた小さな湿地の島で見て、そこにテノチティトランを築いた。写真:Hlecuanda、パブリックドメイン。
アステカ族は当初から隆盛していたのではなく、雇い兵として他の国家に仕えていた。やがて、どう猛な兵士としての評判が広まり、彼らは都市国家を建設する。すでに他の先住民族国家が湖周辺の好条件の土地に定住していたため、アステカ族が増え続ける人口を収容するには、小島の周りを開発するしかなかった。アステカ族は、チナンパと呼ばれる人工の島を建造して、テノチティトランを拡大させた。
アステカ族がチナンパを発明したわけではないが(アステカ族が都市を建造した時点ですでに他の先住民族国家がチナンパを利用していた)、彼らはそれを最大限に利用した。チナンパを作るために、アステカ族はまず、くいを打って、アシで囲いをし、さまざまな大きさの長方形の区画を作った(大抵は長さ91メートル、幅4~9メートル)。次に、湖の水面から区画が隆起するまで、囲われた区画に泥や湖の沈殿物や多様な有機物を入れていった。その後、各チナンパを「固定させる」ために木を植えた。テノチティトランのほとんどの居住者はチナンパの上に住み、そこで作物も栽培した。チナンパの四方は湖の水流が流れるようになっており、カヌーが通るには十分な幅があった。こうした水流は作物のかんがいの役割を果たし、市場に生産物を簡単に輸送できる通路でもあった。
アステカ族の廃棄物管理
都市の拡大と共に、チナンパの数は増加した。スペイン人が到来した1519年までに、テノチティトランの人口は20万人を超えていた。当時、テノチティトランは南北アメリカで最大の都市であり、世界最大の都市の1つでもあり、ヨーロッパの都市よりも大きかった。スペイン人はテノチティトランの規模、秩序、清潔さに感銘を打たれた。都市は碁盤目上に築き上げられ(ページトップのフレスコ画の背景に描かれている)、12平方キロメートルに広がっていた。テノチティトランは当時のメソアメリカで最強の帝国の中心地だった。水と日照が豊富で、しかも温暖な気候だったため、チナンパの生産性は高く、年に最大4回の収穫が可能で、都市で消費される食料の約3分の2を生産できた。
高い生産性を維持できたもう1つの重要な要因は、徹底的な栄養のリサイクルだった。アステカ族は、食べ残しや農業残余物など、あらゆる種類の有機廃棄物をチナンパに廃棄し、それが作物の肥料となった。さらに、チナンパで用いられた最も貴重な肥料は人間の排せつ物だった。排せつ物は革をなめす時にも利用され、非常に重宝がられていたため、排せつ物を回収し、最終的に都市の主要市場で販売するための共同トイレのネットワークが都市に存在していた。
人間の尿は、布を染める際の媒染剤(染料の定着剤)として利用されていた。つまり尿も資源として考えられていた。尿を売るために、ほぼすべての世帯に、尿を保管しておくセラミック容器があった。アステカ帝国時代、メキシコには牛、ヒツジ、ヤギ、鶏はいなかった(ヨーロッパ人が持ち込んだ動物である)。しかしアステカ族は七面鳥、カモ、魚、その他の野生動物から動物性タンパク質を摂取していた。また、彼らはイツクイントリと呼ばれる品種の犬を食用として育て、人間の食べ残しをエサにしていた。
有機廃棄物や排せつ物や尿が環境に放出されれば、大気や水や土壌の汚染を引き起こし、人間の健康にリスクを生じかねない。こうした廃棄物を回収し、リサイクルすることによって、アステカ族はテノチティトランを囲む湖の汚染を防いだ。布地などの可燃物はすべて回収されて、公共スペースを照らすために夜間に燃やされた。
アステカ族は狩猟採集民族から出発して、どのように世界有数の大都市と強力な帝国を比較的短い期間で築き上げることができたのか? 第一に、彼らは法と秩序を順守したため、組織的な都市と社会を創造できた。第二に、彼らは勤勉な労働が報われる能力主義的なシステムを作り上げた。アステカ族は教育を優先事項と考えていた。すべての子どもたちが学校に通わなくてはならず、それは男の子も女の子も、平民も貴族も同じだった。教育によって子どもたちは生産性の高い社会の一員になる準備を整えた。また子どもたちは、生き残るために利用可能なあらゆる資源を最大限に活用する、資源効率性の高い文化を身につけた。こうした要因がアステカ族の廃棄物管理の慣習を形作った。
ゴミ収集者は、最初はテノチティトランで、そして今日のメキシコ各地で、少なくとも700年にわたって廃棄物をリサイクルしてきた。
モクテスマ2世の統治時代、ゴミの廃棄や、公共スペースでのポイ捨てさえも禁止され、罰せられた。一部の例では、法律違反に対する罰則は今日の標準からすると不釣り合いのように見える。例えば、生きている木を適切な許可を得ずに伐採した人は死刑を言い渡されることもあった。アステカ社会は統治者や貴族にロールモデルになることを期待しており、彼らが法を犯した場合、一般人よりも厳しい罰則を規定していた。浪費に対して寛容ではなく、特に上流階級では許されなかった。例えば貴族の子どもたちは浪費すると死刑を言い渡された。こうした状況は、多くの現代社会とは著しく対照的である。現代社会では、政府高官や政治家は法的な刑事免責を享受し、彼らの子どもたちは時として富や特権を誇示する。
テノチティトランには、街を清掃し清潔に保つことを担当する公務員がいた。ゴミ収集者(ペペニリアと呼ばれた)は、リサイクル可能な資源を回収する責任者だった。興味深いことに、今日のメキシコのゴミ収集者もペペナドーレス(単数形はペペナドール)と呼ばれている。その語源は「探し回る、選ぶ」という意味を持つ動詞の pepenarだが、この動詞自体は「選ぶ、選出する」という意味のナワトル語(アステカ族の言語)の単語から派生している。つまりゴミ収集者は、最初はテノチティトランで、そして今日のメキシコ各地で、少なくとも700年にわたって廃棄物をリサイクルしてきたのだ。(本ページ最後に、メキシコでの現在のゴミ収集活動に関する過去の記事リストがあります)
アステカ族のゴミ廃棄に関する記述や記録は全く発見されていない。しかし彼らは持続可能な資源管理システムに類似したシステムを発展させた。このシステムは固形廃棄物の管理、資源保全、環境保護の方法として今日では最も好ましいと考えられている。アステカ族は最大限までリサイクルし、一部の資源は燃やし、燃えかすをチナンパに廃棄した。アステカ社会について解明されていることから判断すると、彼らはあらゆる廃棄物の生産的な活用法を発見していた。残念なことには、スペイン人はアステカ帝国を武力で打ち破ると、廃棄物管理システムを取り壊し、湖を干拓し、湖の底にメキシコシティを建設した。廃棄物管理は、今でもメキシコシティの役人たちを悩ませる問題になってしまった。
アステカ族が現代社会に教えてくれること
私は、現代の世界はアステカ族から貴重な教訓を学ぶことができると主張したい。例えば次のような教訓である。
社会は高い適応力を持ち得る:アステカ族は遊動的な狩猟採集生活から、「agrarian urbanism(農業都市主義)」と呼ばれる定着型の農耕生活に、短期間で見事に適応した。その過程で彼らは、廃棄物から栄養をリサイクルする生産性の高い農業システムを伴う資源効率的な文化を発展させた。徹底的なリサイクルの慣習によって、廃棄物を最低限に抑え、需要を満たすために廃棄物を生産的に活用する、競争力の高い経済を生み出した。アステカ社会は、必ずしも友好的ではない他の国家がすでに暮らしている地域で生き延びなければならなかった。強い経済のおかげで、彼らは次第に帝国を築いていった。現代社会は、増加する人口に食料を供給する必要性、環境汚染、生息環境の破壊、生物多様性の喪失、気候変動によって考えられる負の影響といった大きな課題に直面している。今日の社会は、より包摂的で、より平等で、資源効率性が高く、低炭素の開発モデルへ転換を図る必要がある。その転換は痛みを伴うだろう。しかし、社会が環境条件の劇的な変化にうまく適応し、資源を効率よく活用し、何も無駄にしないことで強い経済を築くことは可能なのだと、アステカ族が証明している。
廃棄物は実は資源である:アステカ族は、「ゴミ」が回収と再利用とリサイクルが可能な資源であり、生産業や農業で生産的に活用可能であることを学んだ。アステカ族は必要に駆られて自給自足を追求した。やがて彼らは、一部の廃棄物は実のところ、非常に貴重であることを発見した。あまりに貴重であるため、人間の排せつ物や尿のような廃棄物は売買された。リサイクルが長期的に、経済的に持続していくためには、需要に応える必要があった。ある廃棄物に値段がつけば、人々は副収入を得るためにその廃棄物を回収するようになる。現代の世界では、資源(金属、紙、プラスチックなど)の値段は、それを抽出し加工し、さらに廃棄することで発生する環境負荷を反映すべきだ。こうした条件下なら、市場はリサイクルと資源効率性にとって有利に働く。政府の政策、特に助成金がエネルギーや水や天然資源を人工的に安価にすれば、浪費を促進してしまう。
アメとムチ:アステカ族は経済的インセンティブと都市の規定違反に対する罰則を組み合わせることで、廃棄物の生産的活用と清潔さを促進するシステムを発達させた。人々は公共スペースでゴミを投棄すれば罰せられた。しかし廃棄物からリサイクル可能な物を回収すれば、罰則を回避でき、清潔で生産的な都市の恩恵を受けられた。現代の世界ではあまりに多くの都市が、街を清潔に保ち廃棄物のリサイクルを促進するために罰則に頼っている。都市はリサイクルを最大限に活用するインセンティブを導入すべきだ。廃棄物管理とリサイクルに地域社会を参加させることは極めて重要である。さらに、世界で約1500万人のゴミ収集者がリサイクル可能な資源を廃棄物から回収することで生計を得ている
(このテーマに関する詳細はThe informal recycling sector in developing countries『開発途上諸国における非公式なリサイクル部門』をお読みください)。
開発途上諸国の多くの都市は、非公式なリサイクル部門を排除すべき問題として見ている。開発途上諸国の都市がリサイクル活動を最大限に利用し、雇用を創出し、貧困を削減し、環境を守りたいのなら、非公式リサイクル部門に反対するのではなく、協働する必要がある。
翻訳:髙﨑文子