ホセイン・ターナー氏は、地政学、マクロ経済、エネルギー、環境問題に主な関心を持つフリーランスライターである。オンラインのピークオイル・プロジェクト、CollapseNet(コラプスネット)のメンバーであり、イギリスのパーマカルチャー(資源維持・自足を意図した農業生態系の開発)やトランジション(移行)タウンの関係団体にも貢献している。
資源の採集量の大規模な増加に関して色々と仮定するとき、気象学者は、それに関連した他の学問分野の研究を充分に参照しないことが多い。彼らが経済学者でも政治学者でもないことを考えれば、ある程度は理解することができる。しかしそれでも、これが懸念のもとなのだ。
多くの(とはいえ全てではないが)気象学者は、政治経済システムの果てなき成長への妄執が蔓延していることを批判しているが、その一方で、人間がその知恵を働かせることで、減少しつつある石油の代わりに、天然ガス、液化石炭、シェールガスなどの炭素燃料を、経済成長の維持が可能な値段で用いることができるようになる、と信じているようだ。
例えば、カンクン気候会議で発表された、ケビン・アンダーソン教授による論文は、「世界の二酸化炭素排出量を充分に減らし、一方で貧困国が成長を続けることを可能にするためのただ1つの方法は、今後20年のあいだ富裕国の経済成長を停止させることだ」と述べている。経済成長はすでに世界的ピークに達しており、(OECD加盟国や、中国やインドのような経済新興国に見られたような)成長をもう一度繰り返そうとすれば、石油価格が3桁にはね上がり、それがさらなる経済崩壊を引き起こすことを示す、説得力のある証拠があるのだ。また、このまま経済成長が続けば、石炭のような重い化石燃料に極度に依存することになるだろう。
しかし、タデウシュ・パツェック氏とグレゴリー・D・クロフト氏の研究によると、2011年にピークコールが訪れる可能性もある。そしてその後、「石炭の産出速度と二酸化炭素の排出速度は低下し、2037年までに1990年のレベルに達する」と予測している。
パツェック氏とクロフト氏が予測するピークコールの時期は、今後数十年でピークが起こるとする他の研究と比べて早いが、彼らの主張によると、これは、世界ではもっとも質が高くもっとも入手しやすい石炭を初めに消費し、エネルギー密度が低く入手しづらい石炭を後回しにしようとすることが見込まれるためだという(そして重要な経済部門あるいは軍事部門にのみ使われる可能性がもっとも高い)。
重要な点は、投入されたエネルギーに対して得られるエネルギーの量(エネルギー収支比)が低いため、理論的には莫大な量のエネルギーを供給できるはずが、経済的にはそれができないということだ。このことが、最終的には経済の成長と手ごろな価格に悪影響を及ぼすことになる。
スウェーデンのウプサラ大学のシェル・アレクレット物理学教授も批判的な記事を書いており、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の科学者たちは石炭の経済的側面に対する意識のレベルが低いと述べている。
「結論をいうと、IPCCは、気象学者たちが、石炭を使用するという想定を踏まえた上で、未来の恐るべきシナリオを予測することを奨励したが、このような想定は完全に非現実的なものである。問題は、いったいなぜ、予測されたシナリオでは、このように莫大な量の二酸化炭素が排出されることになっているのかということだ。世界中の何千人もの気象学者が、完全に非現実的なシナリオのために、気温上昇の計算に何年間も捧げているという事実に対して、IPCCには大きな責任があるといえるだろう」
問題は、世界経済が石油にどれだけ依存しているかを考えた場合、石炭は二酸化炭素にどれほどの影響を持つのかということだ。Association for the Study of Peak Oil and Gas(ピークオイルおよびガス研究協会)のデイブ・コーエン氏は、ピークオイルを迎えている世界で「従来通り」(BAU:business as usual)のシナリオをたてることについて意見を述べている。
「BAUのシナリオではどれも、エネルギー技術(石炭液化燃料、生物燃料、電気自動車のどれか、もしくは全て)が絶え間なく向上し、必要が生じるにつれて石油と交換できるようになると仮定している。この仮定はいまだ証明されておらず、悲劇的なまでに現実味がないように思える」
またコーエン氏は、アメリカでは不況の影響で二酸化炭素排出量がどれだけ減ったかということ、また、2008年には多くの工業国においても二酸化炭素排出量が減少したこと(とはいえ、中国とインドが成長したため、世界全体では二酸化炭素排出量はわずかに上昇した)、2009年には世界的な減少が確認されたことについても述べている。
重要なのは、経済成長についてどんな見通しがたったとしても、それによってさらなる石油価格の上昇と新たな不況が引き起こされ、それと共に二酸化炭素排出量が減少する可能性がある、ということだ。しかし、これで二酸化炭素排出量が減少しても、大気中の全体的な二酸化炭素濃度が上がるのを食い止めるには決して十分とはいえないことは明らかだ。
気象学者たちがたてた予測を見てみると、増加に関するいくつかの仮説では、2007年から2008年の不況の結果として起こった経済的な影響を計算に入れていないことが分かる。例えば、Climate Progress(クライメット・プログレス)のジョセフ・ロム氏による報告には、「必然的に、また、世界の二酸化炭素排出量が増加の初期段階のレベルにまで戻るという兆候が一時的に見られることも考えれば、2010年は政治的に大きな転換点であるといえるだろう」とある。
このような大規模な増加がいつまた起こるかということははっきりとは分からない。しかし、明らかに思われるのは、需要が著しく増えれば、増加が終わりに来ていることがすぐに分かるということだ――特に、世界のデリバティブ負債が世界経済のほぼ20倍というときにはなおさらである。このようなデリバティブは、基本的に金融ギャンブルと将来のリスク負担が複雑に組み合わさったものであり、負債をもとにした非常に問題の多いマネーシステムの一部となっている。このマネーシステムは、果てしなく成長し続けることを要求しているようだが、それは、地球の生物圏の限界を無視した、誤った考え方だ。
では、気象学者の大半は、世界がすでに産業的な経済成長の限界に到達してしまっている可能性があることに気付いているのだろうか? 地球温暖化のシナリオは、安定した政治、金融、エネルギーのシステムを持つ世界によって、二酸化炭素排出量が増加し続ける、という仮定に基づいているようだ。ロム氏は、次のような仮定をしている。
「世界では年間およそ300億トンの二酸化炭素を排出している――そして、世界経済が後退しているにも関わらず、この値はおそらく年に2%ずつ増加しようとしている(将来的な二酸化炭素の増加率を正確に見積もるのはひじょうに困難だ。というのも、中国が何をするか、ピークオイルの影響がどれだけ早く出始めるかに、大きく左右されるからだ)。もし、二酸化炭素濃度を450ppmで安定させようと思うなら、今世紀全体を通して、二酸化炭素排出量を年に180億トン(5GtC)以下に抑えなければならない(「私の気象分析と解決法をネーチャー誌が掲載」をご覧ください)。遅くともだいたい2015年から2010年のあいだにピークを迎え、2050年までには少なくとも60%減の150億トン(炭素40億トン)以下にまで減らし、そして2100年までには最終的な炭素排出量を0近くにまで抑える必要がある」
現在、私たちの知るところでは、国際エネルギー機関(IEA)は、在来型原油が2006年に史上最高のピークに達したと認めている。IEAは、2010年に出した報告書で次のように述べている。
「原油産出量は、2020年までに1日当たりおよそ6800~6900万バレルという波型の安定期に達するだろう。しかし、2006年の1日当たり7000万バレルという史上最高のピークが再びやって来ることはない。一方で、天然ガス液(NGL)や非在来型石油が急速に増加するだろう」
数年前、ドイツのあるシンクタンクも、在来型原油は2006年にピークを迎えたと述べている。また、「非在来型の」液体燃料を、在来型原油がピークを迎えた影響を緩和するための手段と考えるにあたっては、このような代替燃料(例えばカナダのタールサンドなど)によって手ごろな価格で不足分を補えることを示す実質的な証拠は1つもない、と認識することが重要だ。
1つのシステムの数学的モデルを作る場合、それがきわめてダイナミックなものであったり、あるいは未知の情報に基づいたものであるときに、推論に過ぎない仮定から誤りが生じる可能性が大きいということを、ここで強調する必要があるだろう。とはいうものの、現在行われている科学的な予測によると、私たちが今後数十年のあいだに苛酷な気候に直面することが明らかになっている。世界の平均気温は摂氏2度から2.8度上昇し(Hadley Centreが示しているように、二酸化炭素排出量が急速に減少すると仮定した場合)、多くの場所で気温の上昇による悪影響が出ると考えられる。
しかし、気候の反応が大きな転換点を迎えるかどうかというのは、このようなメカニズムが続くことを促進している人間の経済活動にかかっているといえるだろう。そして人間の経済活動は、世界経済において石油が手ごろな価格で入手できるかどうかにかかっているのだ。
最悪の場合、石油価格が3桁にはね上がり、需要が破壊され、政治危機や戦争が起こるなどして、工業国のGDPが大幅に減少することが考えられる。たとえば、イランとの紛争が起こった場合、石油価格は急騰するだろう。また、アメリカ統合戦力軍が出した2010年の報告では、2012年までには「余分な石油を産出する能力は完全になくなる」こと、また、エネルギーが原因で紛争が起こる可能性があることを警告している。残念ながら、IPCCなどの機関による気候変動の予測には、このような要素は含まれていない。
オイルピークを迎え、政治が不安定さを増す世界においては、気候変動の破滅的なシナリオの実現を懸念する気象学者たち(先日のカンクン気候会議に出席したような人々)が示す恐れや不安は、大して理にかなっているようには思えない。しかし、前述したように、二酸化炭素排出量が急速に減少したとしても、なお、今世紀末までに世界の平均気温は2.8度上昇する可能性があるのだ。とはいえ、この先2~30年のあいだにエネルギー資源を巡って紛争が起これば、二酸化炭素排出量がこのレベルにまで増加することさえないだろう、と主張することもできる。こうなれば、エネルギーを公平に配り、必要不可欠なものだけに使うよう各国の政府に強いる必要もなくなるかもしれない。
将来、エネルギーシステムを機能させるためには、エネルギー不足になったときの影響が大きくなるような「ジャストインタイムの」生産方式に終わりを告げなければならないだろう。(ジャストインタイムの生産方式とは、生産者がある製品を作る際に必要とする材料を、必要な分に限って工場に送るというもの。これによって、製造過程の在庫と運搬のコストを減らし、他の目的に資金を回すことができる)
さらには、政府や企業が経済成長への異常な執着をやめて行動を起こすのを待つのではなく、大規模経済がもはや機能しなくなった世界で力を持つための方法として、トランジション(移行)運動への参加を検討することもできるだろう。
翻訳:山根麻子
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